闇速

けいおん!系SSを中心に、2ちゃんねるからSSスレを独断と偏見でまとめてます。
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唯「ギコギコギコギコギコ」 

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:36:06.96 ID:TpuSMYbF0
憂「あ、みなさんいらっしゃい」

律「おう、憂ちゃん。唯ー来たよー」

澪「おじゃまします」

紬「お邪魔します」


高校生活最後のクリスマス。
この日は二年前同様、私の家でパーティーをする事になっていた。
発案したのは憂だった。
8月の合宿以来、プール底の虫の死骸の様に沈み込んでいた私達軽音部に、憂は少しでも活気を取り戻そうとしくれた。恐らく表向きはそういう事だろう。
りっちゃんの明るいんだか気が抜けてるんだかよくわからない声を聞いた私は、部屋着のままのそのそと部屋から這い出して、みんなを出迎えた。

唯「おー、りっちゃんに澪ちゃんにムギちゃん。みなさんお揃いで」


5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:40:57.27 ID:TpuSMYbF0
憂が食卓に料理を運び終えると、私達はムギちゃん持参のシャンメリーが入ったグラスを持った。

憂「えっと…じゃあ乾杯しましょうか」

律「…」

澪「…」

紬「…」

憂「あ、あの…乾杯を…」

律「…え?あ、ああ!ゴメンゴメン!そんじゃかんぱーい!」

りっちゃんは憂に乾杯を促されると、半ばやっつけ気味に音頭をとった。
安物のグラスが鳴らす、カンという真の抜けた音と共に、炭酸の泡が一際激しく立ち上っていった。



7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:45:52.79 ID:TpuSMYbF0
最近の軽音部は、教室にいても、音楽室にいても、ずっとこの調子だった。
何かの必要に迫られない限りは、誰かが率先して話を振る事もなく、全員があの日の事故(正確には私達が事件にしたのだが)について思いを巡らせ、鬱屈としたまま十代の貴重な時間を浪費するのだった。

憂「えと…今日ははりきってお料理作りましたから…みなさんいっぱい食べてくださいね」

唯「ありがとう憂!さ、みんな食べよ食べよー」

このいつ浮かび上がるとも知れない、重くのしかかる空気を生み出した全ての元凶は私だった。

私は憂の好意(憂を信じるという前提があればの話だが)、それとその憂の提案に乗ってくれたみんなの好意を無下にしないために、既に枯渇しきっていた元気を振り絞った。

…というフリをした。それが事前にりっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんと決めた今日の私の役割だった。
フリと言えど、気持ちが沈んでいるのは事実だったので、明るく振る舞うのには雑巾が擦り切れるような痛みを伴ったが、あずにゃんのそれに比べれば、無責任に耐え難い等と甘えた事は言えなかった。

ノコギリがその刃を擦り減らしていく音は、私の頭蓋の中を、出口を失った煙の様に右往左往していた。あの日から。ずっと。鳴り止む事なく。



12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:50:29.03 ID:TpuSMYbF0
みんなは憂の手料理を口にしても、特に何か感想を言う事はなかった。
ただテーブルに置かれた牛なのか豚なのか鳥なのかわからない肉を含んで、奥歯で噛んだ後、胃に流し込むだけ。
これまで、笑い、泣き、喋り、そして歌うためについていた私達の口は、その単純作業を実行するだけの器官に成り下がっていた。
今自分達の口に入っている料理がなんなのか、これはイタリアンなのか中華なのか、和食か洋食か、肉なのか野菜なのか…全てが興味の対象外だった。
砂を食べてるような…と表現される事もあるが、今の私達には極上のドルチェだろうが校庭の砂だろうが、口に入った時点で何の違いもなかっだろう。ただ、口に入っているもの…それ以上でもそれ以下でもない。


澪「…」

澪ちゃんがその少し吊り上がった目で私を見た。
かつて凛々しく光っていたその目は、今ではクマのせいか窪んで見え、力強さなどもはや見る影もなかった。

その澪ちゃんの視線の意図する所が、私にはすぐにわかった。
今日、みんながここにいるのは、クリスマスパーティーをするため。
しかし私達四人の本当の目的は、大昔の宗教者を祝うとかそんなきらびやかなものではなく、この場を提供してくれた憂を探って、今後私達がどう動くべきなのかを判断するという酷く保身に寄ったものだった。



15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:53:53.42 ID:TpuSMYbF0
律「あ、テレビつけようぜテレビ」

まずりっちゃんが動いた。
テレビをつけ、憂の目をそちらに向けるつもりだろう。
私達は事前に、憂の前で口にするべきでない内容に関しては、その場でケータイのメールを以って伝え合うという旨を決めていた。
憂の目がテレビに向いていれば、私達がメールを打つ隙も出来る…そんな所だろう。
澪ちゃんとムギちゃんが何も言わなかった事から、りっちゃんのこの提案は是とされたのだろう。

事実、憂は液晶テレビに映る、若手芸人を寄せ集めただけの特番をじっと眺めている。
恐らく私達の空気に耐えかね、テレビのほうに話題を向けるため、必死にその内容を頭に入れているのだろう。

憂「あはは…おかしいですね…」

旬の過ぎた芸人のキャラ芸に愛想笑いをして、食卓の空気をなんとかもたせようとしている憂をちらちら見ながら、私は3人にメールを一斉送信した。

唯[みんなはどう思う?憂はやっぱり知ってるのかな?]



17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:56:25.84 ID:TpuSMYbF0
勿論、みんなはケータイのバイブ機能もオフにしていて、憂に気付かれないよう配慮していた。
あの日以来、私達の行動は、澪ちゃんとムギちゃんの二人がその聡明な頭をきりきりさせるほど使ったその上で、意思決定されていた。
そこには寸分の油断も隙もなかった。これまではそれで乗り切ってきた。これからもそうであるはずだ。

三人とも私のメールに気づき、こたつの下でケータイをいじり始めた。
私達はテレビの特番を見る振りをしながら、その意識は指先のケータイと、憂の挙動に向けられていた。

そして私のケータイには新着メールが3件。

律[まだわかんない。気づいてないのかな]

澪[梓の話題出してみようか]

紬[梓ちゃんの話を出して、様子を伺いましょう]

私達のブレインである澪ちゃんとムギちゃんが全く同じ提案をしている。
決まりだ。



18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:58:19.08 ID:TpuSMYbF0
唯[オッケーだよ]

律[それでいこう]

澪[誰が聞く?]

紬[私が切り出してみる]


不自然にならないよう、私達はあえてムギちゃんを見る事もなく、そっと携帯を閉じて、今度はテレビと憂に意識を向けた。

テレビが発泡酒のCMを流しはじめたあたりで、ムギちゃんが口を開いた。

紬「梓ちゃんも、一緒にパーティーできれば良かったのにね…」



20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:02:22.13 ID:TpuSMYbF0
私達全員の意識が、一斉に憂へと向けられた。
意識は憂に向いているが、視線は言葉を発したムギちゃんに向けられていた。
私達はつとめて自然に振舞おうとした。
憂に何かを気取られてはならない。
嘘の上塗りを繰り返してきた今の私達には、そういった演技をこなす事が身についていた。

憂「…そうですね。でも…大丈夫です梓ちゃんも一緒ですから」

私は憂の言葉の意味を考えた。
単語のひとつひとつ、テンポ、呼吸、行間、全てをなるべくかみ砕き、言外の意を汲み取るべく思考を巡らせた。
が、私には発せられた言葉以上のものは理解できなかった。

しかしそこに何かが潜んでいる気配はあった。

こういう時、私とりっちゃんは口をつぐみ、澪ちゃんとムギちゃんに二の手を任せる事にしていた。



24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:08:04.77 ID:TpuSMYbF0
澪「一緒にいるってのはどういう事?」

澪ちゃんが出した答えは、素直に意図を尋ねる…だった。
そうだ。今は憂の様子を見る事が目的だ。
まだ下手に勘繰る様な段階ではないのだ。

澪ちゃんのほうに顔を向けた憂は一言、

憂「いえ…」

と呟くと、再びCMが流れるテレビへと視線を戻した。
ケータイ会社のCMは、新しい料金プランの告知をしていた。

こう言われてしまっては、食い下がるのも不自然だ。
澪ちゃんはそのCMが流れている10秒程の間、何か考えているようだった。

今、澪ちゃんの頭の中では、憂の言葉、態度、あらゆる要素が、物凄い速さで分析されているのだろう。



25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:12:00.33 ID:TpuSMYbF0
憂は、澪ちゃんとこの空気に圧されて黙り込んでいるのか、それとも何か腹に抱えて口を閉ざしたのか、私にはわからなかった。
私にはさっきのCMの様に新しいプランなんて浮かばなかったので、澪ちゃん達に助けを求めようと、こたつの中のケータイをちらっと見た。
こたつの暗がりの中でぼんやりと光るケータイのディスプレイには「新着メール2件」の表示。


澪[やっぱり憂ちゃんは何か知ってるよ。どこまで知ってるかはわからないけど、私達を疑ってるのかも]

紬[私もそう思う。もう少し梓ちゃんの話題出してみる?]

私がそこまで読み終えたところで、さらに新着メールが来た。

澪[うん。ムギ、お願い]



27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:15:09.42 ID:TpuSMYbF0
りっちゃんは頬杖をついて、テレビに目を向けたままだった。
どうやら早くも自分の思考力に見切りをつけ、この場は静観すると決め込んだようだ。
私も情けない気持ちを押し殺しながら、この先は澪ちゃんとムギちゃんに任せる事にした。

紬「梓ちゃん、帰ってくるのかな?」

ムギちゃんの問い掛けに誰も答えない事を確認した憂は、ニッコリと笑いながら答えた。

憂「大丈夫ですよ。あんまり心配しないほうがいいと思いますよ。みなさんのほうがおかしくなっちゃいますし…。お姉ちゃん、お肉もういらないの?」

突然話を振られた私は、一瞬言葉に詰まったが、

唯「あ、うん。じゃあ食べるね。みんなはもういいの?」

と何とか答え、会話の体裁は保った。

みんなはいらない、と答えたので、私は皿にあった料理を味わう事もなく口に流し込んだ。
結局、憂の料理は私達によって全て平らげられた。



28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:20:00.52 ID:TpuSMYbF0
その後も、ムギちゃんと澪ちゃんが何度か憂に探りをいれたが、その度に憂はどちらともとれない返答をするばかりで、結局お開きになるまで、憂が私達に気付いているという確たるモノは得られなかった。
それでも私達の間には、憂は少なからず合宿後の真相の一部を知っているのだろうという共通認識だあった。

ムギちゃんと澪ちゃんは何度もメールのやり取りをしていたらしく、みんなを玄関で見送った後に私がケータイを開いた時は、新着メールの数は80件を越えていた。

私には、憂と澪ちゃん達の会話は、他愛のないものにしか聞こえなかったが、相当練りに練った舌戦をしていたのだろう。
憂に私達と争う様な気持ちがあったかはわからないが。


とにかく、澪ちゃんとムギちゃんの異常な数の新着メール件数を見て、私は感心してしまった。



29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:25:51.75 ID:TpuSMYbF0
二人のメールによる綿密な作戦過程を読み返す前に、私は風呂に入って一息つく事にした。

憂「お姉ちゃん、お風呂沸いたよー」

唯「うん、ありがとう。先入っていい?」

憂「うん。じゃあ私はパーティーの片付けしておくね」

唯「そんな、悪いよ憂ばっかり。私もお風呂あがったら手伝うよ」

憂「え?でも…」

唯「手伝いたいんだよ~」

憂「…」

憂は一瞬、困ったような顔をしたが、すぐにまた表情を緩ませて、

憂「わかった。じゃあ一緒に片付けようね」

と言って、階段を上がり自分の部屋に入って行った。



30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:29:02.75 ID:TpuSMYbF0
私は風呂桶の蓋を開け、立ち上る湯気を全身に浴びた後、蛇口を捻ってシャワーを浴びながら、足元の排水溝に絡まる髪の毛を眺めていた。

黒い毛。
茶色がかった私と憂の毛ではない。
お父さんのだろうか?もしかしたら私か憂の陰毛かもしれない。
とにかくその黒い毛は、あの日のあずにゃんを連想させ、私にとって気持ちのいいものではなかった。

私の耳の奥の奥…脳の…記憶が詰まった海馬の中で、ノコギリの音はまだ響いている。
不規則なリズムで響くその音は、海馬を越え、頭全体、身体全体、風呂場全体に響き渡った。
シャワーの水流音よりもずっと大きく。

私はあの日から沢山の嘘をつき、沢山の人を疑ってきた。親友の和ちゃんも、妹の憂もそこに含まれていた。

憂は何を知っていて、何を知らないのだろう。
結局今日、それはわからず終いだった。



32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:37:19.31 ID:TpuSMYbF0
唯「はぁ~…」

湯舟に浸かると、足先から下腹部にかけてお湯の熱が染み渡ってきて、それは言いようのない快感と安堵感を生んでくれた。
私は性体験の類は殆ど無かったが、きっとこれに似た感覚なのだろうと勝手に思っていた。
高校二年の時に、一度だけあずにゃんとそれらしい体験をしただけだ。
今年の合宿とは違い、平穏無事に終わった二年の夏合宿の夜。
夜中にギターの練習を終えた私とあずにゃんは寝室に戻り、一緒の布団に入った。
私がふざけてあずにゃんの乳房を触り、あずにゃんが怒って私のを触り返す。
そんな具合に互いの身体を触りあうだけで、性的な興奮があったわけでもない。
つまるところ、私には性的な体験は皆無と言って差し支えなかった。

唯「…ふぅ」

息を吐き出しながらふと湯舟の縁に置いた自分の手を見ると、さっきの排水溝に絡まっていたものに似た黒い毛が二本ほど手の甲あたりにぴたりとくっついていた。

唯「お父さん、抜け毛かなー…あはは…」



33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 23:39:31.77 ID:TpuSMYbF0
湯舟の水でその毛をさばっと流した私は、膝を抱えて身体を小さく丸めた。

ノコギリの音とあずにゃんの笑い声が交互に風呂場に響いた。

唯「う、うう…あ…あずにゃん…うぐっ…ひっく…」

涙なのか風呂の水滴なのかわからないが、湯の表面から出た曲げた膝の上に、ぽたぽたとそれは零れた。

私は嗚咽を漏らしながら、あの高3の夏合宿の日を思い出していた。


第一部 完



44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:03:03.10 ID:yQlSaSRh0
梓「うわぁ…。お、大きい別荘ですねー…」

高校3年の夏。
私達は例によってムギちゃんに別荘を提供してもらい、そこで合宿をする事にした。

街中から電車を二回乗り継ぎ、約2時間。その後バスで30分。
海に面したその別荘に決めたのは、私とりっちゃんの

唯律「海!絶対海がいい!!」

という強い希望によるものだった。

ムギちゃんは最後くらい大きい別荘を使わせてあげたかったと言っていた。

紬「海があるところなら、もっといい別荘があったんだけど…今年も予約で埋まってたの。ごめんなさい…」

ムギちゃんは今年も謝っていたが、5人で使うには広すぎるくらいの別荘だ。
誰もムギちゃんを責めるはずもなく、みんなムギちゃんへの感謝の言葉を口にした。



46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:10:19.76 ID:yQlSaSRh0
律「いよっしゃー!遊ぶぞー♪」

唯「うおー!」

私とりっちゃんはお決まりのセリフを口にすると、我先にと服を脱ぎだした。
着いたらすぐに泳げるように、服の下には新調した水着を装着済みだった。

律「ほらー!みんな行くぞー!!」

澪「こら!練習が先だろ!今年こそは絶対に譲らないからな!!」

梓「そうですよ!去年の二の舞は嫌です!!」

唯「えぇー?あしょびたい!!」

すでにビーチ用のゴムボール、イルカの浮き袋には空気を入れていて、後は砂浜と海水があれば、すぐにでも遊べる状態だった。
当然、私とりっちゃんも折れない。

律「えー?んじゃあ多数決な!民主的に!」



49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:17:48.56 ID:yQlSaSRh0
結局去年同様、ムギちゃんが澪ちゃんサイドを裏切る格好になり、私達は浜辺で遊ぶ事になった。

唯「あっははははははは♪」

律「うっふふふふふふふ♪」

唯「そーれー♪」

律「えいやー♪」

澪「あーあ…結局今年もコレかぁ…」

そうぼやいてた澪ちゃんも、10分もしないうちに私達の輪に入る事になった。
私はパラソルの下でちょこんと体育座りをしているあずにゃんの手をとった。

唯「あずにゃんも一緒に遊ぼうよ~♪」



50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:24:09.58 ID:yQlSaSRh0
梓「うぅ…わかりました…」

唯「泳ご泳ご~♪」

去年のあずにゃんなら、「けっこうです!」と言って私の誘いを一蹴していただろう。
しかし今年はすでに部員と打ち解けているため、すんなりと了承してくれた。

その後も結局は去年までと同じ。
時間忘れて遊んでしまった私達は、練習する時間もほとんど無く、練習は食事の後という事になった。

梓「ご飯食べたら必ず練習しますからね!」

頭のてっぺんからつま先まで真っ黒に日焼けしたあずにゃんは、私を睨みながらそう言った。
頭は元々黒かったけど。

唯「うん!するする~♪」



52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:28:38.01 ID:yQlSaSRh0
鉄網の上で焼かれる牛肉と野菜。
それを串に刺して食べる。

唯「んまい!」

律「やっぱ夏はBBQに限るな~」

澪「あつつ…」

唯「はい!あずにゃん、あーん…」

梓「あ、あーん…」

猫に餌付けするように、私はあずにゃんの口に、私の吐息で冷ましておいた肉を入れて上げた

梓「おいひいでふ…///」

唯「エヘヘ」

紬「ウフフ…これだけでお腹いっぱいになりそう///」

練習を後回しにした事で、ご立腹だったあずにゃんの機嫌も、どうやらなおったようだ。

律「食い終わったら何するー?」

唯「お風呂!露天風呂入りたい!」



56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:34:58.00 ID:yQlSaSRh0
梓「ちょっ…練習するんじゃないんですか!?」

当然の反論だ。
約束を反故にされたあずにゃんは、再び仏頂面をしていた。
この時、澪ちゃんは珍しく反論しなかった。
後で聞いた話によると、最後の合宿で喧嘩はしたくなかったらしい。
海水浴以降、澪ちゃんは私とりっちゃんの要望をきく事に専念していたようだ。

唯「お風呂あがったら必ず練習するから!」

梓「そんな…約束が違いますよ…」

怒りを通り越して、今にも泣き出しそうなあずにゃんを、私はいつも通り抱きしめた。
こういう時のあずにゃんの扱いに、私は慣れていた。
大体の事はこれで丸く収まる。

梓「わ…わかりました…」

どうやら今回も上手くいったようだ。



57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:43:21.23 ID:yQlSaSRh0
律「うおっ!広いなー!!」


夏虫の声が心地良く響く露天風呂。
満天の空に匹敵するのではと見まがうほど、広い浴場だった。

唯「さ、あずにゃん、入ろ?」

梓「は、はい…」

私はあずにゃんがまたヘソを曲げないように、ずっとそばにいて機嫌をとっていた。
それ自体は苦でないし、自分が可愛がっている後輩のそばにいると、私も気分が良かった。

シャワーでその日の汚れを落とした後、お湯で濡れないように私は髪を後ろで束ねた。
その横であずにゃんは、黒く長い髪をタオルの中におさめようと、格闘している。

梓「あっ…」

手元を違えたのか、あずにゃんの髪を包むはずのタオルは地面に落ち、その髪はばさりと解け、横にいた私の肩を滑らかにかすめていった。



60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 00:51:05.14 ID:yQlSaSRh0
その瞬間、私の海馬の中にずっと眠っていた光景が、めいっぱいエフェクトをかけたレスポールの弦音のように、一気に蘇ってきた。

去年の夏。
合宿の夜。
布団の中。
隣にあずにゃんがいる。
私はあずにゃんの身体を触り、あずにゃんは私の身体を触っている。
髪の匂い。感触。
ツインテールから解放された髪のそれは、あの時私の身体全体を繭のように包んでいた。

今まで忘れていた記憶。
情事と呼ぶには幼稚な行為だったが、今あずにゃんの髪を通してあの時私の五感が捉えた感覚が、私の中に舞い戻ってきた。

梓「…?唯先輩?どうしたんですか?」



65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:01:49.68 ID:yQlSaSRh0
唯「へっ?な、なんでもない…早く入ろう!はい、タオル」

梓「…?ありがとうございます…?」

私はタオルを拾ってあずにゃんに渡すと、その髪を触りたいがために、束ねるのを手伝った。

梓「すいません、唯先輩。じゃ、行きましょう」

礼を言われた私は、肺と臍のあたりが重くなるのを感じた。
陳腐な言い方をすれば、罪悪感というやつだろう。
私が髪を束ねるのを手伝ったのは、あずにゃんのためではない。
この軽音部に似つかわしくない、鉄錆の様に汚れた欲望を満たすためだ。
今まで私の中に無かった欲望。あの夜ですら、そんなものは無かったはずだ。
それが今になって芽生えてきた理由はわからなかったが、とにかくこの時私のあずにゃんに対する見方が変わっていた事をはっきりと自覚した。



67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:12:55.74 ID:yQlSaSRh0
梓「唯先輩、シャンプー使いますか?」

唯「うん、ありがとう。使わせてもらうね」

あずにゃんは髪をシャンプーの泡だらけにして、目に泡が入らないよう薄目にしながら私にシャンプーを手渡した。
シャンプーのノズルを押すと、うっすらと桃色がかった液体がどろりと私の手の平に飛び出した。
それを両手で混ぜ合わせ、十分に泡立ててから、濡らしておいた自分の頭に当てる。

私はシャンプーが沁みないよう、目を閉じた。
視覚が奪われた事によって、触覚と嗅覚が鋭敏になっていく。
そうすると、シャンプーの香りに私の神経が満たされていくのわかった。
日が昇るようにゆっくりと、しかし確実に、柑橘系のその香りは広がっていった。

あの時と同じ匂いだ。

先程蘇った記憶は、よりいっそう鮮明になり、激情を伴っていった。



69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:22:47.75 ID:yQlSaSRh0
私は、自分の鍔間接が痙攣しているのがわかった。
全身の産毛が総立ちになり、意識が遠のいて行くような錯覚に襲われた。
頭を洗う手は止まり、堅い木の枝のような指の強張りも感じた。

梓「唯先輩、何やってるんですか?」

わずかに残った私の理性が、あずにゃんの言葉を耳に入れないように無駄な抵抗をした。
あずにゃんの声が骨の芯まで響き、電流の様に全身を駆け巡った。

――ダメ…。今あずにゃんの声を聞いたら、おかしくなる…。

理性の声か、良心の叫びか…今にも消えてなくなりそうなその声に、私は必死で耳を済ませた。

梓「シャンプー沁みたんですか?…しょうがないですね、流してあげますから」



72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:33:20.01 ID:yQlSaSRh0
あずにゃんはそう言いながら、私の頭の泡をシャワーで流した。

梓「はい。頭は流しましたよ。目を洗うんで顔を上げてくださいよ」

私は無言で、あずにゃんに言われるままに顔を上げた。
あずにゃんは私の顔にシャワーから放出される41度のお湯をかけ続ける。

梓「ちょっと目を開けてください。そんな風に閉じてたら洗い流せませんよ…」

その言葉に従って目を開けると、ぷつぷつと開いたシャワーのヘッドから流れるお湯が見えた。
霞んだ視界の中、私の顔にお湯はかけ続けられる。

梓「ちょ…ちょっと!いつまでやってるんですか?もう…」

そう言うとあずにゃんはシャワーを止めた。
キュッという音と共に、噴出していたお湯は止まった。

梓「唯先輩、大丈夫ですか…?」



73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:40:50.20 ID:yQlSaSRh0
声のするほうをゆっくりと向くと、ぼやけた視界に、黒髪の女の子が映った。
2、3度瞬きをすると、目に溜まっていた水は落ち、はっきりとその姿を見る事ができた。

私が目を瞑っていたのは、せいぜい2、3分てところだろう。
しかし、あずにゃんを見るのは何百年ぶりに思えた。
それほど私は、あずにゃんを渇望していた。

梓「…?どうしたんですか?」

私にじっと見つめられたあずにゃんが、不思議そうな顔をして覗き込んできた。

私は立ち上がって、あずにゃんの小さい身体を抱きしめた。

膝に置いていたタオルがベチャリと音を立てて床に落ちた。

突然の出来事に驚いたのか、あずにゃんの身体は強張っていた。
私はその身体を抱く力を、さらに強めた。



75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:46:48.54 ID:yQlSaSRh0
私を動かしたのはあずにゃんへの肉欲か所有欲か…とにかく理性ではない私の中の何かがあずにゃんを欲しがった。
私は無言で腕に力を込めた。

梓「ちょっ…や…!な…何ですか唯せんぱっ…苦しいですよ…!」

それでも私はあずにゃんから離れようとしなかった。
今まで何度もこういう事はあったが、今回の私は明らかに異常だという事にあずにゃんも気づいたのか、引き離そうとする小さい手が力を強めた。

梓「や…やだっ…!やめて…唯先輩やめて…っ!!」

私達の様子がおかしい事に気づいたりっちゃんが、近づいてくる。

律「お、おい。お前ら何やってんだ?」



76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 01:54:33.31 ID:yQlSaSRh0
梓「ゆっ…唯先輩がいきなり…っ」

あずにゃんはまだ私を引き離そうとしていた。
私はあずにゃんの抵抗を無視して、痛がるのも構わずに抱きしめ続けた。

梓「あ…あ……」

一瞬、あずにゃんの力が緩んだのがわかった。
何かを悟ったような…私の欲望に気づいたのか、もしかしたら、私同様、去年の記憶がフラッシュバックしたのかもしれない。
どっちしろ、身の危険を本気で感じたのは間違いなかった。

梓「やだ!!いや!!うわあああああああ!!いやああああああああっ!!!」

あずにゃんは、今度は癇癪を起こした赤子のように大声を上げて、泣きながら抵抗しはじめた。
私の肩、背中、腰を引っかき、死に物狂いで私から離れようとした。

澪「唯!もうやめてやれよ!梓怖がってるぞ!?」

梓「ぎゃああああああ!!いやああああああ!!やだああ!!やだああああっ!!!」



79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:07:06.11 ID:yQlSaSRh0
紬「唯ちゃん!どうしたの!?」

律「バカ!やめろよ唯!!」

梓「うあああああああっ!!やだっやだあああああ!!!」

すでにあずにゃんは絶叫に近い声をあげていた。
満天の星空の下、あずにゃんの声が響き渡り、夜空に吸い込まれていく。
私はりっちゃん達の制止も聞かず、あずにゃんの細い身体を、渇望してやまなかった身体を抱きしめ続けた。

律「いい加減にしろよ!離れろって!!」

りっちゃんが私とあずにゃんの身体の間に割って入ろうとしたが、私は力緩めなかった。
ムギちゃんもそれに加わり、無言の私と絶叫するあずにゃんとで揉み合いになった。
離れてはくっつき、離れてはくっつきを繰り返す私とあずにゃんの身体。

何度目かの身体の別離の後、突然あずにゃんの声は止んだ。



80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:15:52.00 ID:yQlSaSRh0
ぱしん

澪ちゃんの平手打ちの後、私は理性を取り戻した。

視線を下に落とすと、私の足元にあずにゃんが倒れている。
長い髪で顔は覆われている。
床の石畳に赤い濁りができている。

その濁りは少し上に設置されたシャワーのハンドルの(お湯を出す赤いものと水を出す赤いものの)丁度真ん中あたりまで続いている。

りっちゃんとムギちゃんの顔が、みるみる青ざめていくのがわかった。

唯「あずにゃん…?」

その呼びかけに答える者はいなかった。
りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも答えなかった。
あずにゃんも。



83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:21:05.00 ID:yQlSaSRh0
律「あ…あう…ああ…」

紬「…あ、梓ちゃん!大丈夫!?」

紬「りっちゃん!そ…蘇生…応急処置しないと!!手伝って!!」

律「あ…ム、ムギ…」

紬「りっちゃん!!」

律「わ…わかった!!」

ムギちゃんがあずにゃんの胸のあたりに、組んだ手の平をあてがい、体全体の体重をかけて押し込んだ。
何度かそれを繰り返した後、りっちゃんが息を深く吸い込み、あずにゃんの鼻をおさえながら、口から直接空気を送り込んだ。



84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:28:02.18 ID:yQlSaSRh0
その一連の動作を何度か繰り返した後、ムギちゃんが力無くその場に座り込んだ。

紬「うっ…うう…ううううう…」

律「…マジかよ…」

澪「嘘だろ…なんだよ…こんな…」

唯「あ…あ…私…私…」

つまりこういう事だ。
あずにゃんに欲情して理性を失った私はずにゃんを抱きしめた。
それに本能的に恐怖したあずにゃんは抵抗し、止めに入ったりっちゃん達と揉み合いになった。
その時に何かの弾みであずにゃんはシャワーの蛇口あたりで頭を強く打った。
その結果、あずにゃんは今石畳の上で動かなくなった。

陳腐だった。馬鹿げていた。私が引き起こしたこんな下らない事故のせいで、私達は中野梓という後輩を失った。



86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:32:33.21 ID:yQlSaSRh0
澪「梓…あ、梓が…ううう…」

紬「うっ…うっく…うあ…ああ…」

律「梓…梓ぁ…」

唯「あずにゃん…」

唯「あ…いや…」

唯「いやああああああああああああ!!!!」

唯「やだっ!!やだよ!!あずにゃん!!ダメだよぉっ!!!」

唯「ごめんなさい!ごめんなさいあずにゃん!!もうあんな事しないから!!」

唯「あずにゃ…」

唯「うあ…うああああああああああああん…」



87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:38:21.37 ID:yQlSaSRh0
そのまま一時間か二時間か…湯冷めするには十分すぎる時間が経過した。
ひとしきり泣いた後、私達を冷静にしてくれたのはりっちゃんだった。

律「…な、なあ…どうする…?」

既に「それ」は起こってしまったのだ。
ああすれば良かった、こうしなければ良かったなどと言い合っても仕方が無い。
私達は現実を受け入れる事も出来ないままだったが、次の選択を迫られていた。


澪「…や、やっぱり警察に言うべきか?」

唯「…」

紬「でもそしたら、みんな捕まっちゃうのかな…?」

唯「で、でもあずにゃんをこんな風にしたのは私だし…みんなは悪くないよ…?」



88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:45:37.72 ID:yQlSaSRh0
律「唯…お前何であんな事したんだ?」

唯「…それは…」

私は先程まで私の中を駆け巡っていた記憶、欲望、その全てをみんなに話した。
もちろん、話したくない事もあった。
しかし、今私が置かれた状況は、私一人で処理出来るものではなかった。
私は皆に頼るしかなかった。
何より、この事故を起こしてしまった以上、隠し事をする権利など私には無いという自責の念があった。

澪「…そうか…」

唯「…ごめんなさい…。本当にごめんなさい…」

紬「…起きてしまった以上、仕方ないわ…。これから私達がどうするか考えましょう…」

律「あぁ…。悲しむのも、唯を責めるのもその後だ…」



89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:49:07.66 ID:yQlSaSRh0
律「まず、警察に通報した場合だな…」

澪「過失とはいえ、唯は確実に捕まるだろうな…。私達が共謀扱いにされる可能性もあるし…」

紬「事故だと証明できるとも限らないからね…」

唯「…うぅ」

律「あ、救急車は?もしかしたらまだ助かるかも…」

澪「それでもし助からなかったら唯は捕まるよ…。助かっても殺人未遂…か?法律はよくわからないけど…」

紬「…どの道梓ちゃんは助からないわ。もう心停止から二時間以上たっちゃってるし…」

澪「…そうだな」

唯「ごめんなさい…」



93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:53:23.08 ID:yQlSaSRh0
紬「…」

紬「警察に言うのはナシね…」

澪「うん…」

律「え?さすがにそれは…」

澪「…梓は…死んだ…。梓はもういない…これは動かしようのない事実だ」

澪「これで唯まで捕まったらどうなる?」

律「…部活どころじゃなくなるな…」

紬「ええ。私達も唯ちゃんと梓ちゃんがいないままこれから生きていく事になるよね」

澪「それは私達にとって何のメリットにもならない…って事」

律「今は部活とか言ってる場合じゃないだろ…」

澪「律、部活だけじゃない。残りの人生全部、梓と唯の穴を抱えたまま生きる事になるんだ」

紬「でも通報しなければ…少なくとも唯ちゃんだけは守れるよ…」



94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:56:10.42 ID:yQlSaSRh0
唯「みんなで今日の事を隠すってこと…?」

澪「…そういうこと。大変だろうけど…」

律「…そ、そんな…。いつかバレるに決まってるって…」

澪「ここはムギのプライベートビーチにある別荘だ。別荘を借りる客以外はまず立ち寄る事はないはず」

紬「家の者に無理を言えば、しばらく人を入れないようにする事も…出来ると思う…」

律「ここに梓を隠すのか…?」

澪「ここらには森もあるし、海もある。隠し場所なんていくらでもある…」

律「…」



97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 02:59:26.75 ID:yQlSaSRh0
澪「律…もうどうしようもないんだ。隠し通さなきゃ…」

律「…」

澪「それとも梓が死んだ事を通報して、唯は逮捕、軽音部は廃部、私達も退学、お先真っ暗だよ…」

澪「それでいいの?」

律「…いや…だ…。でも…お前ら罪悪感はねーのかよ…」

紬「もちろんあるわ…。でもそれとこれは別の話よ…」

律「…」

澪「…決まりだな」

紬「…うん」

律「唯もそれでいいのか…?」

唯「…」

唯「…良くない」



98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:02:27.13 ID:yQlSaSRh0
唯「私のバカな行動のせいであずにゃんは死んじゃったんだし、私はちゃんと罪を償うべきだと思う…」

澪「…償ってどーするの?梓が生き返るわけじゃないし、唯の人生が…私達の人生が元に戻るわけでもないだろ」

唯「でも…!ひ、ひ…人殺しなんだからそれも罰なんだよ、きっと…」

澪「私達が寂れた人生を送る事は、梓も望んでないだろ。梓は唯に憧れて入部したくらいだし」

唯「それは論点のすり替えだよ…。今となっては、あずにゃんの気持ちなんてわからないんだし…」

律「…」

紬「わかったわ。唯ちゃんの悪ふざけのせいで私達も人生棒にふるわ。唯ちゃんの人生ももう終わり。ついでに憂ちゃんの人生にも影を落とす事になるわね」

紬「さ、通報して?」

唯「……」

律「ムギ!そういう言い方はないだろ!」



99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:05:58.68 ID:yQlSaSRh0
紬「私は、私達全員にとって最善の道を示してるだけよ…」

律「梓が死んだ時点で最善も何もないだろ!」

澪「ああそうだよ。梓が死ななけりゃそれが最高だよ」

紬「でも死んじゃったものは仕方ないでしょ…。私達はその上で最善の選択をしなきゃいけないのよ…」

澪「こんな事故で、私達と唯の人生がめちゃくちゃになるなんて私は絶対イヤだ」

律「隠したってそれは同じだろ!」

澪「同じじゃないよ!少なくとも憂ちゃんや聡、和やさわちゃんにまで嫌な思いをさせる事はない!!」

律「そうじゃない!唯は罪を償いたいと思ってるんだ!それを尊重するのが先だ!」



102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:10:13.72 ID:yQlSaSRh0
澪「じゃあそれで私達まで殺人の片棒を担いだみたいに言われたらどうすんだ!?実際はそうじゃなくても、周りがどう思うかなんてわかったもんじゃない!」

澪「その時、律は唯を恨まないって言い切れるか!?私は無理だ!きっと唯を恨んじゃうよ!」

律「…そ、それは…」

澪「私は唯と友達でいたい!唯を恨むなんて嫌だ!だったら私は唯の荷物を唯と一緒に抱えて生きるほうを選ぶ!!」

律「そんな事言って、自分の身を守りたいだけだろ!」

澪「そうだよ!確かに自分の身は守りたい!でも唯もみんなも守りたい!!何でわかんないんだよ!!」

紬「澪ちゃん…ちょっと落ち着こう?私達に今一番必要なのは平常心よ…」

紬「唯ちゃんも、さっき酷い事言っちゃってごめんね?」

唯「…ううん、私のせいなんだし…」



104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:13:04.89 ID:yQlSaSRh0
律「ムギ…」

紬「私は、みんなが仲良くしてる軽音部が好き…。こんな風に言い合いをするのは嫌だよ…」

澪「…そうだな。ごめん」

紬「…私はまだみんなと一緒にいたい。一緒にお茶して、練習して、ライブして…それが許されない事だとしても、私はそれを一番望んでるわ…」

紬「みんなはどう…?」

律「…」

律「…わかった…。いいよ。隠すなら私も…それでいいよ…」

唯「り、りっちゃん…」



105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:16:33.51 ID:yQlSaSRh0
澪「後は唯だけだ。どうする?」

唯「…」

唯「できないよ…。隠すとしたら、みんなを一生巻き込む事になるし…」

澪「…もう巻き込まれてるよ。通報しようがしまいがそれは変わらない。今はそういう次元の話はとっくに過ぎてるんだ」

唯「…でも…」

紬「どうせ巻き込まれてるなら、ちょっとでも希望が残されてるほうに行きたいわ」

澪「それに唯の荷物なら、私達は喜んで持つよ。私達は唯が大好きなんだから」

律「そう…だな…。私も…唯を守りたい…」

唯「……」

唯「……」

唯「…わかったよ」



111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:25:09.73 ID:yQlSaSRh0
紬「唯ちゃん、いいのね?」

唯「うん…。ごめんねみんな…ありがとう…」

この時点で、澪ちゃんとムギちゃんが私達の行動指標になり始めていた。
正直に言って、この時もまだ内心では、私は隠す事に賛成できなかった。
が、私が原因である以上、自分の意見を通すのは身勝手な気がした。
それに澪ちゃんとムギちゃんなら…本当に隠し通せてしまうのでは、と期待してしまったのも事実だ。
矢張り私も所詮自分の身が一番可愛かったのだろう。

そしてこの時、不慮の事故は悪意を持った事件になった。
尤も、首尾よくコレが明るみに出る事がなければ、事故でも事件でもないのだろうが。



第二部  完



112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 03:29:45.90 ID:yQlSaSRh0
とりあえずきりがいいのでこのへんで。
4部構成になりそうです。
OUTは知らん…。シリアス書くと大体既存作品と被ってしまうなぁw


そして批判を承知でこの言葉を使わせて頂きます。





朝まで残ってたら続き書く



154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:28:17.29 ID:yQlSaSRh0
それから私達は、露天風呂を出て、脱衣所で話し合う事にした。
澪ちゃんとムギちゃんは寝室か音楽練習室でいいと言っていたが、あずにゃんを欲情に残したまま話し合う事に、私とりっちゃんは抵抗を感じた。
かと言ってあずにゃんの目の前で段取りを決めるのも心苦しかったので、浴場横の脱衣所という何とも格好のつかない場所で、私達は知恵を出し合う事になった。

澪「まず私達の役割を決めよう」

唯「役割?」

澪「うん。最初に役割を明確にして、無駄な争いをする事なく集団として機能させるべきだ」

紬「そうだね。私と澪ちゃんが頭脳、りっちゃんはそれを受けて行動…といったところかしら」

律「うん。小難しい作戦は二人に任せるよ」

唯「私は?」

澪「…言い方が悪いかもしれないけど、唯は私達の言う事だけ聞いてて欲しい…」

唯「う、うん。そうだね。私、すぐボロが出そうだし…」

澪「…ごめん」

紬「それと、頭脳は私達だけど、唯ちゃんもりっちゃんも意見があったらどんどん言ってね」

澪「うん。私とムギはそれを受けて色々考えて、最終的に判断を下すから」

律「わかった」

唯「…わかったよ」



155 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:34:28.54 ID:yQlSaSRh0
澪ちゃんとムギちゃんは、同じ女子高生とは思えない程、冷静だった。
恐らく、ふたりとも一杯一杯だったはずだが、今この状況下で私達に唯一出来る行動が「話し合い」だったので、それに固執する事で平静を保っていられたのだろう。
いずれにせよ、私には二人が頼もしく見えた。

律「…よし。じゃあ梓をどこに隠すか考えようか」

澪「ちょっと待って。その前に、これから起こるであろう事とそれに私達がどう対応するか…この二つを考えるのが先だ」

紬「そうだね。それに合わせて隠し場所を考えたほうがいいかも」

律「これから起こる事…か。そうだな、まず梓の両親は動くだろうな」

澪「うん。隠したところで、行方不明扱いになるからな」

紬「警察に通報して……警察もご両親も、まず私達のところに来るでしょうね」

唯「やっぱり私達が一番怪しまれるよね…。あずにゃんは合宿直後に行方不明なんだもん」

律「て事は私らで口裏合わせなきゃいけないな」



157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:43:16.43 ID:yQlSaSRh0
澪「口裏合わせると言っても、なるべく新しい情報は入れないようにするべきだと思う」

唯「新しい情報?」

紬「嘘をつくとそれを補うための嘘が必要になって、どんどん膨れ上がってしまう…って事ね」

澪「ああ。それにシラをきるだけなら、「忘れてた」で済ませられるけど、全くの嘘は、バレた瞬間に言い訳ができなくなる」

唯「…なるほど」

唯「で、どう口裏を合わせるの?」

律「うーん…合宿終わって別れた後の事はわからない…てのは?」

紬「それはダメよ。駅の監視カメラに私達四人だけが映ってるところを撮られるよ」

律「帰りは電車使わなきゃいいだろ。ムギんちの車とか…」

澪「それだと運転手に私達四人だけってのがバレるだろ。ムギの家の人とは言え、どんな些細な情報も外に出すべきじゃない」

律「そっか…」

紬「梓ちゃんは先に帰ったって事にするのは?」



158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:48:29.75 ID:yQlSaSRh0
律「え?それってさっき澪が言ってた「新しい情報」なんじゃないか?」

澪「いや、幹になる嘘はどうしても必要になる。私が言ったのは、本当に必要な嘘以外はつかないって事だよ」

唯「そうだね…。じゃあ、友達から緊急の連絡が来たとか…そーゆー感じはどうかな?」

律「でも梓のケータイの履歴はどーすんだ?電話会社のほうにも記録は残らないし」

澪「…私達と喧嘩して先に帰ったって事にしよう」

唯「え…?それって逆に私達が怪しくならない?」

澪「私達が殺したなら、そんな不利になるような事をわざわざ言わない…そう思うのが普通だろ」

澪「それにこれくらいなら別段、不利でもないよ。どっちにしろそこからアシがつく事はないと思う」

律「そうかもしれないけど…」



160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:50:34.88 ID:yQlSaSRh0
紬「うん。私も澪ちゃんの案に賛成だよ」

澪「唯と律が練習しないから、それに腹を立てて梓は帰った…それで十分成立するはずだ」

律「確かに梓っぽいな…」

唯「でもそれだと、今この別荘にあるあずにゃんのケータイの現在位置情報から嘘ってバレないかな?」

澪「そうだな…梓はケータイも荷物も置いたまま帰ったって事にすればいい」

唯「あ、そっか。喧嘩して帰っちゃうんだから、それでも不自然ではないね」

先程の澪ちゃんの意見とは裏腹に、嘘はどんどん膨れ上がっていった。



161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:57:09.07 ID:yQlSaSRh0
律「なあ、それだと私らが梓を心配してないと不自然じゃないか?」

澪「そうだな…」

紬「明日、梓ちゃんの荷物を梓ちゃんの家に届けましょう」

唯「あずにゃんが荷物を忘れていって、先輩が届ける…うん、不自然じゃないよ」

澪「その時は梓の親の前で、梓を心配するフリもしておかないとな」

律「そういうのは私が得意だから私がやるよ」

紬「そうね。お願いしますりっちゃん」



163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:59:35.19 ID:yQlSaSRh0
唯「あと、さわちゃんと…憂と純ちゃんはどうする?」

澪「同じだよ。合宿中に別れてからの事は知らないで通すしかない」

律「先生はなんだかんだで鋭いからな…。用心しないと」

唯「憂もだね…」

澪「大体の事は、知らないでシラを切るしかないな」

唯「じゃああずにゃんは何時頃に別荘を出た事にする?そこも口裏合わせとかないと…」



166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:09:45.81 ID:yQlSaSRh0
紬「それは細かく決めても逆に怪しいわ。そうね…お昼前くらい…って事にしない?」

澪「うん。午前の練習を始めようとしても、唯と律が遊んでばかりで全然始められない。それに腹を立てて別荘を飛び出した…。一応筋は通ってるな」

律「私と唯は、海で遊んでたって事にしよう」

唯「うん」

澪「相手は警察だ。もっと細かい事を聞かれるかもしれない。でもあまり細かい事まで覚えてるのも不自然だ。これ以上の事は覚えてないで通すしかないな」

紬「でも記憶がみんな同じところで途切れるのも不自然よ」

律「じゃあ、唯は今までのところまで証言して、後は私達で補足だな」

唯「うん、わかった」

澪「多少食い違いが出るかもしれないけど、その時は「そうかもしれない」程度でごまかすしかないな」

実際、この後澪ちゃんとムギちゃんが細かい部分の補足をして、私とりっちゃんはそれに従い、私達が疑われる事は殆ど無かった。
綿密に練られた二人の設定は、食い違いなど生む事もなかった。

澪「…なんにせよ、細部はこれから決めればいい。後は…何かあるかな?」

律「今のところは特にないな」

紬「うん。これ以上は予測しようがないよ。その都度対応するしかないわ」



167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:12:22.23 ID:yQlSaSRh0
澪「そうか…。じゃあ次は…」

唯「あずにゃんをどこに隠すかだね…」

律「ムギ、別荘はどのくらい閉鎖できるんだ?」

紬「この別荘だと…一ヶ月が限度かな…。それにさっきはああ言ったけど、別荘を閉鎖するのはかなり不自然かも…」

律「ああ…それはそうかも…」

澪「閉鎖は無し…か。て事は別荘内に隠すのはダメだな」

紬「ええ。お客様が来るかもしれないし。この別荘はあまり人気ないけど、管理人は常駐してるの。今は私が言って出払ってもらってるけど…」

律「海に捨てるのもリスクがデカすぎるな。森に埋めるのは?」

紬「…この辺りは地盤が緩くて、よく地崩れを起こすの。人気がない理由もそこなんだけど…」

澪「なるほど。埋めても地崩れで出てくる可能性があるな…」



169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:19:56.49 ID:yQlSaSRh0
律「…燃やすしかないのかな…」

唯「…」

澪「ダメだ。燃やしても骨が残るだろ。それに灰から何かバレるかもしれない」

紬「うん。警察がどの程度動くかわからないけど、別荘のまわりは確実に調べられると思う」

澪「そうだ。私らは警察について何も知らない。塵一つからでも私達に辿り着けるくらいに思ってたほうがいい」

澪ちゃんは頭が良かったが、真価はその臆病な性格にあった。
いくら頭が良くても、それを過信せずに、自分はただの高校生である事を自覚していたのだ。


唯「…うーん、どうする?どこに隠す?」



171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:23:28.23 ID:yQlSaSRh0
律「…やっぱさ、自分達で管理するのが一番安全じゃないか?」

唯「…管理?」

私がりっちゃんに聞き返したのは、言葉の意味ではなかった。
管理という言葉であずにゃんを無機質に扱った事に対してだ。
私はむっとした表情をしていたはずだが、りっちゃんはそれに気づかずに言葉を続けた。

律「どこに隠したって不確実だし、何がキッカケで発見されるかわからない。だったら自分達で梓の死体を管理するのが一番確実で安全だ」

澪「管理って…どうするんだ?持って帰るわけにも……。あ…!」

紬「…まさか……」

律「…持って帰ろう。みんなで分担して…」



174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:28:50.50 ID:yQlSaSRh0
澪「お、おいおい…それって…」

そこで澪ちゃんは言葉を濁した。
全員がその意味を理解していた。
いや、最初から全員の頭の中にはその方法が浮かんでいたが、なるべくそれを実行しないで済む様に、ここまで意見を出し合っていた。

唯「…それは…ちょっと…」

律「…それしかないじゃん…」

紬「…確かに…そうだけど」

澪「…し…死体損壊は更に罪に問われるんじゃなかったか?」

律「だからバレなきゃいいだろ」



175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:32:17.10 ID:yQlSaSRh0
澪「そりゃそうだけど…」

律「…私だってこれ以上梓を傷つけるマネはしたくない。でもやらないと…バレるのは時間の問題だろ」

紬「…」

唯「うう…」

紬「…やりましょう…」

澪「ムギ!?」

紬「私にも他の策は思い浮かばないわ…。梓ちゃんを解体して、分担して持ち帰って管理する。ミスをしない限り、それが一番確実よ」

澪「でもさ!警察が家を調べたらどうするんだよ!」

恐らく澪ちゃんもこれが最善の策だと言う事は悟っていたはずだ。
しかし痛い事を苦手とする澪ちゃんの性質が、それを必死で拒んだ。



176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:34:24.19 ID:yQlSaSRh0
紬「よほど私達が怪しくなければ、家宅捜索なんてしないと思う」

澪「…」

律「つーかそこまで怪しまれた時点で、素人の私達じゃもうどうしようもない。相手は警察なんだし」

律「そうならないために、徹底的に予防策をとっておくべきだろ」

澪「…」

澪「…そうだな…。それしか…ないな…」

唯「う…うぅ…」

まさかここまでする羽目になるとは思っていなかった。
私は未だに現実を直視できていなかったが、みんなはもう受け入れ始めていたのかもしれない。



179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:41:12.12 ID:yQlSaSRh0
今さら事態の重さを理解した私は、自分の能天気さを殊更恥じた。

私の足元に開いた穴が微弱の重力を以って私をゆっくりと吸い込み、その穴が少しずつ広がっていくような、ぬめりとした感覚に襲われた。

私が同意を躊躇っているのを見かねたりっちゃんが、返事を促す。

律「いいな?唯」

唯「私には…難しい事はよくわかんないから…みんなの決定に従います…」

唯「それに、私に意見する資格なんてないよ…」

私はそう言って思考を停止させた。

律「…」

律「ムギ、ノコギリとかある…?」

紬「うん…。木材調達用のが物置にあるはずだから、持ってくる…」



183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:57:56.89 ID:yQlSaSRh0
それからムギちゃんとりっちゃんは物置に向かった。
私と澪ちゃんは言葉も交わさず、目も合わせず、朽ちた樹木の様に立ち尽くしながら、二人の帰りを待った。
これから行われるソレに向けて、心の準備をしていた。
いくら準備をした所で、整うはずもなかったが。

10分後、りっちゃんとムギちゃんは、18歳の少女には不似合いないかついノコギリを抱えて脱衣所に戻ってきた。

私達は返り血を浴びないよう、衣服を脱いで浴場に入った。
これは血塗れた衣服の処理に手間取らないようにという澪ちゃんの提案だった。
澪ちゃんは平時ならそんな提案をしないだろう。その事がますます私に事の異常さを痛感させた。

律「…ここなら血が出てもすぐに流せるな」

紬「ええ。全部水で流せるわ…」

律「まさか裸で人をノコギリで切る事になるなんてな…」

唯「うぅ…あずにゃん…」

澪「…」

顔を真っ青にして、歯をガチガチ鳴らしながら、澪ちゃんは無言のまま私の手を強く握っていた。
解体はりっちゃんとムギちゃんが行う事になった。

律「じゃ、いくぞムギ…」

紬「う、うん…」



184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:06:53.01 ID:yQlSaSRh0
律「梓、ごめん…」

りっちゃんはそう言って、あずにゃんの肩のあたりを足で押さえながら、右手にノコギリをあてがった。

ギコギコという音と共に、あずにゃんの細い腕から血が滲み、水溜りが出来た。

唯「ううっ…」

紬「…う」

ムギちゃんはあずにゃんの腰のあたりを、りっちゃん同様におさえながら、左足の膝にノコギリの刃を入れていった。

澪「うぷっ…」

ギコギコという音が不規則なリズムで、満天の星空の下、湿った空気を伝って私の耳の奥に響いてくる。

律「う…お、おえええええ…」



189 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:15:29.45 ID:yQlSaSRh0
何分かかけてあずにゃんの右手を切り落としたりっちゃんは、嗚咽を漏らしながら、嘔吐した。
嘔吐物の刺激臭と、あずにゃんの血の匂いがあたりに立ちこめ、私も嘔吐した。

澪「う…うああ…ぁあぁぁぁ…」

澪ちゃんは全身を震わせながら、隣で咳き込む私の手を握って、声をあげて泣き続けていた。
先程までの冷静な澪ちゃんとは似ても似つかない。

それからりっちゃんは、げほげほと咳き込みながら、あずにゃんの右肩にノコギリをあて、前後に刃を動かし始めた。

唯「ごめん…ごめんねあずにゃん…ごめん…」

念仏も、お祈りの言葉も、何も知らない私はただただ謝罪の言葉を繰り返しながら、その光景を目に焼き付けていた。



192 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:25:11.01 ID:yQlSaSRh0
何十分、いや、何時間かもしれない。
気の遠くなるほど長い時間をかけて、りっちゃんとムギちゃんはあずにゃんの両手両足を切断した。

すでに私の胃は空になっていたが、それでも食道を胃液が逆流し、露天風呂の石畳の上にぼたぼた落ちていった。

律「ふっ…うぐぅ…あぁ…ああああぁ…」

りっちゃんは声をあげて泣きながら、あずにゃんの胴体部分にノコギリをあてて、先程の様に前後に動かした。
しばらくそれを繰り返していると、ぼろんと、あずにゃんの腹からチューブ状のモノが出て来た。
大腸か小腸か、とにかくそれが消化器系の一部である事がわかった。

屋外にも関わらず、密室のように充満する悪臭はよりいっそう酷くなり、私達は嘔吐を繰り返した。



193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:26:30.31 ID:yQlSaSRh0
ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ



194 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:29:11.94 ID:yQlSaSRh0
解体を終えた私達は、血と嘔吐物を、シャワーを使って洗い流した。

この夜、私達は決して流れる事のない罪を犯した。




律「血も流したし、これで終わりか…」

紬「うん…」

澪「…右腕、左腕を二つに分けたから計4つ。脚も同様に4つ…」

唯「胴体が二つと…頭…だね…」

紬「…ギターケースの余りが別荘にあるから、それに入れて持って返りましょう…」



196 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:33:35.61 ID:yQlSaSRh0
唯「私が上半身と頭を持って行くよ…」

律「じゃあ私が右脚と右腕…」

澪「私は左腕と左脚…」

紬「私が下半身ね…」

律「これで…大丈夫だよな…?」

紬「うん…。後は管理を間違えなければ…」



198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:38:09.40 ID:yQlSaSRh0
律「私はクローゼットの奥に入れておくよ」

澪「私も…」

紬「私は自室の金庫にしまっておくわ…」

唯「私もクローゼット…かな…」

律「よし…」

澪「当たり前だけど、誰も部屋に入れないようにな…」

唯「うん。気をつけるよ…」

紬「…」

暫しの沈黙の後、ムギちゃんが俯きながら口を開いた。

紬「あの…提案があるんだけど…」



199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:41:47.29 ID:yQlSaSRh0
澪「なに?」

紬「私の部屋なら、全部管理できると思うんだけど…。それなら万が一見つかった時も、うまくやれば捕まるのは私だけで済むわ」

唯「そ、そんなの…」

全員が沈黙する。

いつの間にか空は白んでいて、浴場からはうっすらと遠くの山の輪郭が見えた。


律「ダメだ。ムギ一人が捕まるなんて絶対ダメ。ここは全員がリスクを背負うべきだ」

澪「今までの話の流れだと、リスクを背負うってのは矛盾するかもしれないけどさ…私達の誰か一人でも欠けたら意味がない。誰も欠けないように、私達はこうする事を決めたんだから」



201 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 14:00:23.32 ID:yQlSaSRh0
紬「…そうよね。ごめんなさい…」

律「いいかみんな。ここまで来たら、一蓮托生だ。なにがあっても隠し通す。軽音部を守り抜くんだ」

澪「うん。わかった」

唯「わかったよりっちゃん…」

山の向こう側から、陽が昇るのが見えた。厭味なほど、空は広かった。
朝日が私達の顔を照らし出すと、あずにゃんを除いた全員の、目と鼻が赤くなっているのがわかった。
誰が見たって、泣き腫らしたのだと一発で分かるだろう。

いつかの倫理の授業中、大昔の哲学者がある事を言っていたと先生が説明するのを思い出した。
夜に生まれて、朝には消えるもの――それは希望だと。

希望の象徴たる朝日が、まるでこの世の終わりを告げている様に見えた私には、その言葉の意味がよく分かった。

第3部 完



294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 23:59:04.35 ID:yQlSaSRh0



憂「…お姉ちゃん!お姉ちゃん!?」

浴槽の中で忘我状態だった私を現実に引き戻したのは、憂の声だった。

憂「お姉ちゃん…どうしたの?大丈夫?」

憂は心配そうに、風呂のマットに膝をつきながら、私の顔を覗き込んでいる。
その真っ直ぐな目は、塞ぐ姉を心配する妹のそれでしかなく、私は先程まで友達と結託して腹を探っていた自分を恥じた。


―ああ、そうだ。今日はクリスマス。ここは私の家の風呂場。
夏の夜でもなければ、お嬢様の別荘でもない。
その証拠に、風呂場の小さい窓からは、星も朝日も見えない。

唯「えへへ…ぼーっとしてた」

憂「のぼせてない?」

唯「うん。大丈夫」

憂「…梓ちゃんの事思い出してたの…?」



296 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:00:49.37 ID:gXrQNFyw0
私は精一杯笑顔を取り繕ったつもりだったが、この聡明な妹には見透かされたようだ。

唯「うん…」

頷いて顔を落とす私を、憂は自分の服が濡れるのも意に介さず、抱きしめた。

憂「大丈夫…。大丈夫だから…」

憂は小さく、そう繰り返した。

憂の髪から、あの時の匂いがした。
あのシャンプーの。

憂はあずにゃんと同じシャンプーを使っていた。
合宿の少し前にあずにゃんから教えてもらったらしく、憂はそれをとても気に入っていた。

柑橘系のその匂いを肺いっぱいに吸い込んだ私は、憂を私の身体からゆっくり引き離した。



298 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:03:40.34 ID:gXrQNFyw0
唯「ごめん、ごめん。もうあがるね。憂も早く入りなよ」

私は浴槽を出ると、座ったままの憂の横を通り、脱衣所のバスタオルで身体を拭いた。

憂「…」

立ち去る私を、憂は無言で見つめていた。

私はあの日以来、あのシャンプーの匂いを畏れるようになっていた。
また私は理性を失うかもしれない。そう思うと、汗腺が刺激されるような、焦燥感に駆られてしまうのだ。
実際、あの時みたいな事はもうなかったが、匂いと記憶は密接にリンクしていて、あの匂いを嗅ぐだけで、全ての記憶が荒波の様に押し寄せてくるのだ。
それが堪らなく気持ち悪かった。

にも関わらず、私の本能はその匂いを求めた。
精神的な依存に近かった。いまだに私はあずにゃんの身体を欲していたのだろう。
憂に隠れて、私は風呂場で何度もその匂いを嗅いでいた。

しかし、私はその依存を断ち切るべく、先週、憂が買ってきたシャンプーの買い置きを全て捨てた。



299 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:05:21.07 ID:gXrQNFyw0
ちょうど私がパジャマに着替え終わる頃、憂は服を脱いで風呂場のドアを閉めていた。

さらさらとシャワーの音が聞こえてくる。

その水音もあの日の記憶を蘇えらせるため、私はなるべくそれが聞こえないよう、居間のテレビをつけた。

あの特番は終わったのか、今はアイドルグループが理想のクリスマスを語る番組が放映されていた。

それを見るともなく見ていると、風呂場から憂の声がした。

憂「お姉ちゃーん、シャンプーきれちゃったから、詰め替え用のとってくれる?」



301 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:06:52.48 ID:gXrQNFyw0
私は洗面所でシャンプーの替えを探すフリをした後、

唯「憂~、ないよー」

と白々しく言った。

憂「え?こないだ買ってきたはずなんだけど…」

唯「でも見当たらないよー?」

憂「…え~…?」

唯「コンビニ行って買ってこようか?…って私お金ないかも…」

憂「うーん…じゃあ、居間のテーブルの上に私の財布があるから、買ってきてくれる?」

唯「わかったー」

憂「ありがとうお姉ちゃん。あ、出来れば同じの買ってきて欲しいな」

唯「うん。あったらそれ買ってくるよ」



305 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:10:03.79 ID:gXrQNFyw0
風呂場のガラス越しに、互いの顔を見る事なく会話を終えた私は居間に向かった。
テレビを消し、憂の牛皮の財布をパジャマのポケットに入れ、パジャマの上からコートを羽織ると、サンダルを履いて私は家を出た。

勿論、憂には別のシャンプーを買っていくつもりだった。

唯「う…さぶい…はぁ~…」

頬を刺す寒さの中、私は手袋をはめた両手を擦り合わせながら、コンビニへ向かった。

私が吐いた白い息は、ゆっくりと昇っていった。
私はそれを目で追っていく。
白いモヤはあっという間に、消えてなくなり、私はそれが広がっていくのに吊られて、空を見上げる格好になっていた。

そこにあの露天風呂から見た星空はなく、雲なのか排気ガスなのかよくわからないものに夜空が覆われているだけだった。

私は雲間(ガス間かもしれないが)から星が見えないか目を凝らした。

――合宿の帰りもこんな具合の曇りだった事を、私は思い出した。



306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:12:30.45 ID:gXrQNFyw0
律「…いや~な空だな」

合宿の帰りは夕方だった。
昨夜までは晴れていたはずの空は、そこに浮かんでいるのが不思議なほど重く見える雲群に覆われていた。


その日、きちがいじみたあの夜を越え、朝を迎えた私達は、早速隠蔽工作に着手した。
澪ちゃんとムギちゃんは半日かけて、ケータイを使ってネットで必死にエンバーミング…いわゆる防腐処理について調べた。

私とりっちゃんは、風呂場を徹底的に洗い直した後、再び入浴した。
これは風呂場が綺麗すぎるのは逆に怪しいという澪ちゃんの指摘に従っての事だった。

すでに垢など残っていない身体をボディソープで洗い流すのは、妙な気分だった。
垢は落とせても、罪を流す事はできない。むしろこれによって、さらに私達の身体は汚れていく気がした。
何かのドラマで、「長いこと人間やってると、洗っても落ちない汚れがつくもんだ」というセリフがあったが、まさか18年ぽっちの人生でこんな大きい汚れがこびりつくとは、私もりっちゃんも思わなかった。



309 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:15:39.51 ID:gXrQNFyw0
それから私達はあずにゃんをギターケースに詰め、あずにゃんの荷物を持ってバスに乗った。

それから電車を二回乗り継ぎ、私達は桜ヶ丘に帰ってきた。

りっちゃんはあずにゃんの家に荷物を届け、私と澪ちゃんとムギちゃんは、澪ちゃんの家でアルコールや小難しい名前の薬品を使い、あずにゃんにとりあえずの防腐処理を施した。
みんな医学の素人ではあったが、何もしないよりはマシだった。
実際、ある程度の効果はあったらしく、その後腐臭立ち込める自室で数学の宿題をするハメになる…なんて事はなかった。

加えて、全員の部屋でアロマオイルを焚き続ける事にした。少しでもニオイを掻き消すためである。



311 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:18:01.16 ID:gXrQNFyw0
防腐処理を終えた私達はりっちゃんの帰りを待った。
程なくしてりっちゃんは澪ちゃんの家に来て、万事上手くいった旨を私達に伝えた。

とりあえず私達は解散し、明日また集まる事にした。

私達は担当部位をギターケースに隠し、各自の家へ持ち帰った。ムギちゃんとりっちゃんのぶんは、別荘から持ってきたケースで補った。


唯「ただいま」

憂「あ、お姉ちゃんおかえり!合宿どうだった?」

家に着いた私は、出迎えてくれた憂を一瞥しただけで、問い掛けには答えないまま、階段を上がって自分の部屋に入った。
ギターケースを二つ抱えている私の姿は、憂の目にどう映っただろう。



314 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:21:20.28 ID:gXrQNFyw0
クローゼットにあずにゃんの頭部と上半身が入ったギターケースを押し込めて、澪ちゃんの家の帰りに百貨店で購入したアロマオイルを炊き、私はベッドに俯せになった。
そして枕に顔を埋めた後、ふうっと息を吐いた。
甘ったるいラベンダーの香りが部屋に充満した。

コンコン

部屋のドアをノックする音がした。

憂「お姉ちゃん、入るよ」

憂「あれ?いい匂いがするね?」

唯「…」

憂「お姉ちゃん、何かあったの…?軽音部の人と喧嘩しちゃった…?」

私は枕に顔を埋めたまましばらく黙っていたが、憂が立ち去る気配もなかったため、顔を上げて話しはじめた。

唯「あずにゃんと喧嘩しちゃった…」

憂「梓ちゃんと…?」



317 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:23:26.08 ID:gXrQNFyw0
唯「うん。私が練習しないから、怒って帰っちゃったんだ…」

事前に用意したセリフ通りに私は話した。
私は精神的に参っていたが、私達にとって憂は最も警戒すべき相手だ。
ここで私が心身疲労を理由に下手を打つわけにはいない。

憂「そうなんだ…。ちゃんと梓ちゃんに謝った?」

唯「うん…謝ったよ。何回も謝った」

これは本当だった。
私は謝った。
何回も、何回も。
これからも私は、心の中で謝り続けるだろう。謝り続けなければならない。



318 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:24:56.31 ID:gXrQNFyw0
憂「そう…。じゃあ梓ちゃんもきっと許してくれるよ。私からも言っておくから…」

唯「うん。ありがとう…」

憂「ご飯、何時にする?」

唯「ごめん…今日はいらない。私、疲れたから寝てるね」

憂「うん…。何かあったら呼んでね?」

そう言って憂は私の部屋を出ていった。



319 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:26:14.89 ID:gXrQNFyw0
私はベッドに寝そべりながら机の上の時計に目をやった。19時過ぎだ。

みんなに、憂にはうまく伝えたとメールを送り、ケータイを放り投げると、私はまた枕に顔を埋めた。

唯「…っ……っぅ……!」

憂に気付かれないよう、私は声を殺して泣いた。



326 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:35:47.78 ID:gXrQNFyw0
泣きつかれた私は、そのまま眠りに落ちた。
が、30分もしないうちに目を覚ましてしまい、身体は疲労を訴えていたが、精神が眠る事を許さなかった。

枕の端をぎゅっと握りながら、私は何度か思い出した様に泣いた。

それを繰り返しているうちに、カーテンの隙間から朝日が射し込んできた。

部屋を出て階段を降り、居間に入ると、憂が掃除機のコンセントを収納していた、
どうやら朝から掃除をしていて、今しがた終えたらしい。

憂「あ、お姉ちゃんおはよう。ご飯テーブルに置いてあるよ」

唯「うん。ありがとう」

憂「…ねえ、梓ちゃんの事なんだけどさ」

その言葉を聞いて、私の全身の神経がぴんと張り詰めた。



329 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:39:40.81 ID:gXrQNFyw0
唯「あずにゃんがどうかしたの…?」

憂「うん。昨日お姉ちゃんの話を聞いてからメールしたんだけど、返事がないんだ」

憂「それで電話してみたんだけど、梓ちゃんのお母さんが出てね、まだお家に帰ってないんだって…」

唯「…どういう事?」

私は愚鈍な姉を演じた。

憂「わかんないけど…家出すような子じゃないし…心配だよ…」

唯「うん…。確かにそれは心配だね…どうしちゃったんだろう?」



334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:46:16.21 ID:gXrQNFyw0
憂「お姉ちゃんと喧嘩して紬さんの別荘を飛び出しちゃったんでしょ?」

憂「ちゃんと桜ヶ丘まで帰って来れてないのかな…?」

唯「…どうしよう…あずにゃん、迷子になっちゃったのかな?」

憂「…ねえ、もし明日になっても連絡つかなかったら、警察の人に相談したほうがいいと思う…」

憂「女の子が一人で歩いてたら危ないし…もしかしたら何かあったのかも…」

警察という単語を聞いて、私の心臓が大きく鳴った。
ここで私が通報を止めるのはおかしい。
いつもの私なら、間違いなく憂に同意しているはずだ。
私は逡巡した後、答えた。

唯「うん。そうだね。あずにゃんに何かあったら、私も嫌だもん…」



339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:54:46.48 ID:gXrQNFyw0
憂「…本当に何もなければいいけど…大丈夫だよね?」

唯「うん…。きっと迷子になっちゃったんだね…。猫さんみたい」

憂「ふふ…もう、お姉ちゃんったら」

まだ失踪1日目だ。
さしもの憂も、まだ重大な事態になっているなんていうのは、万に一つくらいにしか思ってないだろう。
憂は時代錯誤な三角巾を外すと、掃除機を階段下の物置に仕舞いに行った。

その日、りっちゃんの家に集まり、話し合いをしたが、まだこれといった動きはなかった。

私達は家族に何も気づかれていない事を確認し合い、解散した。



342 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:57:06.59 ID:gXrQNFyw0
三日後。
夏休み最後の週の水曜日に、あずにゃんの母親が私の家を訪ねてきた。

あずにゃんが合宿の日から家に帰って来ないため、私に話を伺いに来たようだ。

他の三人から、あずにゃんの母親が来たという話をまだ聞いていなかったので、察するに、軽音部の中で私を最初に訪ねたようだ。

梓母「梓から、唯ちゃんの話は良く聞いていました。梓をとても可愛がってくれていたみたいで…」

私は前置きを遮るように言った。

唯「あずにゃ…梓ちゃんはまだ帰ってないんですか?」

梓母「…はい。唯ちゃんは何か知ってる?」

敬語とタメ口を混ぜて喋る人だった。
私のほうが20歳近く年下だが、娘の先輩であるため、何となく扱いにくいのだろう。



343 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 00:58:00.40 ID:gXrQNFyw0
唯「わかんないです…。合宿で別れてから、何の連絡も来てませんし…」

梓母「…そう…ですか…」

その後、私達は互いにぽつぽつと言葉を交わし、私あずにゃんの母親は私から丁寧に何の手がかりも得られそうもない事を悟り、丁寧に挨拶をしてから、私の家を去った。

私は自分の部屋に戻ると、急いで三人にメールを送った。私が話した内容を出来るだけ詳しく。
後で食い違いが生じないように、これは全員に義務づけられた行動だった。



345 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 01:01:26.56 ID:gXrQNFyw0
あれ?焼くと灰が飛んで、そこから足がつく可能性があるってビビリの澪が言った場面書かなかったっけ…?

書いてなかったらそーゆー事でお願いします。
実際はそんな所からバレないのかも知れないけど、慎重派の澪は極端に警察を警戒したって事でここは一つ…



350 :誤字多いので修正:2009/10/20(火) 01:07:52.64 ID:gXrQNFyw0
唯「わかんないです…。合宿で別れてから、何の連絡も来てませんし…」

梓母「…そう…ですか…」

その後、私達は互いにぽつぽつと言葉を交わしたが、あずにゃんの母親は私から何の手がかりも得られそうもない事を悟り、丁寧に挨拶をしてから、私の家を去った。

私は自分の部屋に戻ると、急いで三人にメールを送った。
私が話した内容を出来るだけ詳しく書いて。
後で食い違いが生じないように、これは全員に義務づけられた行動だった。



360 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 01:20:53.20 ID:gXrQNFyw0
夏休み最後の日、警察の人が来た。
あずにゃんの両親が通報したらしい。
警察の訪問は、私が4人の中では最後だったため、事前に澪ちゃんから会話の内容とその対応を徹底的に指導されていたので、この日は難なく切り抜ける事ができた。

翌日、始業式を終えた私達は、いつものように音楽室に集まった。

私が音楽室に入った時、みんなの前にはムギちゃんが淹れた紅茶が置かれていたが、量が減っていないところを見ると、誰も口をつけていないようだ。
あずにゃんが座っていた席の前には、猫のイラストが描かれたカップが置いてあり、それも紅茶で満たされていた。

紬「はい。どうぞ唯ちゃん」

唯「ありがとう」

私はムギちゃんからカップを受け取り、席についた。

私のカップの中で揺れる紅茶から、湯気がゆらゆらと立ち昇った。



362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 01:29:48.09 ID:gXrQNFyw0
律「…とりあえず、今の所は大丈夫そうだな」

りっちゃんが最初に口を開いた。
今日の議題は、バンドの事ではない。
宿題の事でもないし、試験の事でもない。
お菓子の事でもなければ、最近始まったドラマの事でもなかった。
私達は、これから毎日あずにゃんの話だけをして、放課後を過ごす事になるのだろう。
私達が守ろうとした以前の軽音部はもうどこにも存在しておらず、これは澪ちゃんとムギちゃんも誤算だったようだ。
音楽室と楽器とお茶があれば何とかなるほど、私達はシンプルに出来ていなかった。

澪「大丈夫?何が?」

澪ちゃんが不機嫌そうに尋ねた。

律「いや、今のところバレてなさそうじゃん」

澪「そんなのわかんないだろ。私達が気づいてないだけで、警察は既に証拠を掴んでいる可能性だってある」

紬「そうね。うまくいっている時こそ、油断したら命取りになるわ」



366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 01:35:33.84 ID:gXrQNFyw0
律「うーん…そうかもなぁ…。でも石橋も叩き過ぎると壊れるぜ?」

紬「石橋は叩いて壊して、自分達で作って渡るくらいで丁度いいのよ。特にこういう時は」

律「…」

ムギちゃんに言い負かされて、りっちゃんは黙ってしまった。

紬「ごめんなさい。でも用心するに越した事はないから…」

律「いや、いいよ。ムギの言う通りだ。油断はご法度だな」

まだ誰も紅茶に口をつけていなかった。

澪「始業式でも、ホームルームでも、梓の話は出なかったな」

次に話を切り出したのは澪ちゃんだった。



371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 01:43:36.91 ID:gXrQNFyw0
紬「生徒を不安にさせないため…ってところだろうね」

澪「多分ね。でも、先生達はそのうち私達に話を聞きにくると思うよ」

唯「その時は、今までと同じ対応で大丈夫かな?」

澪「ああ。それでいいよ。今までもなるべく嘘をつかないよう、「知らない」「わからない」で通してきたんだ」

紬「今は対応を変える意味がないわ。それに、先生方の質問も、警察のとほとんど変わらないと思う。少なくとも警察以上って事はないわ」

澪「あ…先生と言えば、さわ子先生なんだけどさ、今日学校に来てなかったのって何でだと思う?」

私とりっちゃんには皆目見当もつかなかったので、押し黙っていた。
するとムギちゃんがそれに答えた。

紬「十中八九、梓ちゃんの事で何かあったのね。警察に話を聞かれているか、監督不行届きで謹慎とか…」

澪「…だろうな」



376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 01:54:15.49 ID:gXrQNFyw0
唯「先生、クビになっちゃうのかな…」

澪「わからない…。出来れば巻き込みたくなかったけど…」

律「…あのさ、私は部長だから、さっき学年主任の先生から聞かされたんだ」

律「さわちゃんは、軽音部の顧問から外されたよ。でも事情が事情だから、今年度いっぱいは廃部にはならないってさ」

音楽室に重い沈黙が訪れた。
カップの中の紅茶は、すでに冷めていたのか、湯気を出す事もなく揺れていた。

律「最悪、私達4人だけでも守らないとな…」

りっちゃんの言葉に誰も反論せず、私達はただ黙っていた。
この時、私達は満場一致の暗黙の了解で、さわちゃんを切った。
もっとも、私達が自首したところで、さわちゃんの処分は重くなるだけだ。
私達に、さわちゃんを救う手立てはなかった。

それよりも、私達にとって脅威になったかも知れないさわちゃんの退場に、誰もが内心ほっとしていた。



379 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 02:02:30.35 ID:gXrQNFyw0
唯「でもさ、さわちゃんから私達に不利な話が伝わっちゃうかも知れないよ?」

紬「それはありえないよ唯ちゃん」

紬「先生はあの日の事を何も知らないし…」

澪「そもそもあれは事故なんだ。それ以前の私達に兆候なんてないだろ」

唯「…でも、私、去年の合宿であずにゃんと…その…」

私は語尾を濁してから、話を続けた。

唯「そこから何か気づかれたりしないかな…」

紬「大丈夫よ。唯ちゃんが梓ちゃんに抱き着くの日常茶飯事だったし、万が一先生がそれを知っていて証言したとしても、そこから繋がる事はないわ」

唯「…そっか。そうだね」


389 :修正:2009/10/20(火) 02:19:04.60 ID:gXrQNFyw0
とりあえず今日の話し合いはこれで終わり…誰もがそう思っていた時、音楽室の壁のスピーカーから校内放送が流れた。

『生徒の呼び出しをします。軽音楽部の3年生は、今すぐ職員室に来てください。繰り返します。軽音楽部の3年生は…』

律「早速か」

澪「基本的には私とムギが質問に答える。律と唯は梓を心配するフリをしててくれ」

唯「うん。…あ、対応はこないだの澪ちゃんのメールと同じ感じでいいんでしょ?」

私がケータイを取り出して澪ちゃんに見せると、澪ちゃんはそれを何秒か眺めた後に言った。
その言葉は私にとって予想外のものだった。

澪「唯、それとみんな。今すぐメールは全部消せ」



390 :修正:2009/10/20(火) 02:20:59.78 ID:gXrQNFyw0
唯「え?何で…?」

紬「あ、もし誰かにケータイを見られたら、お終いだもんね」

律「でもそれならヤバいメールだけでいいじゃん。全部消す必要はなくない?」

澪「メールの保存件数上限があるだろ」

紬「あ、そうね…」

唯「え?え?どういう事?」

紬「普通、保存上限いっぱいまでメールが溜まると、古いものから消されていくでしょ?」

紬「特に私達女子高生は、すぐに上限に達しちゃうでしょ。だから例えば500件まで保存可なら、常に500件埋まってる状態が自然なの」

律「部分的に消すと500分の499になって、メールを消したのがバレるって事か」

唯「でも、全部消したらそれも結局メールをわざわざ消してるって思われない?」



398 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 02:31:14.86 ID:gXrQNFyw0
澪「いや、読んだメールと送信したメールを消す習慣があるって事にすればいい。実際そーゆー人いるし」

紬「でも全員にその習慣があるのも変ね。ここは、りっちゃんが以前に勝手にケータイを覗いた事があって、それからみんな警戒して消すようになったって事にしよう」

律「えぇ?何か私そんな役ばっかじゃね?」

澪「仕方ないだろ。律が一番それっぽいんだから」

律「…いいけどさー」

唯「ねえ、もしかして携帯会社にデータが残ってたりしないのかな…?」

澪「その可能性もある。でもよほど私達が疑わしくない限り、そこまで調べないと思う」

紬「第一、まだ死体も出てないんだから」

澪「…でも用心するに越した事はない。これからはヤバい内容を話す時は会って直接…だな」



403 :当初の構想段階ではマジで古畑出そうかと思ってたw:2009/10/20(火) 02:41:07.57 ID:gXrQNFyw0
澪「と言っても、緊急の時に会う事が出来ない場合もある。そういう時は…そうだな、暗号みたいな感じでメールしてくれ」

唯「暗号…?覚えられるかな…」

澪「出来る出来ないじゃなくてやれよ…」

唯「ご、ごめん。そうだよね…」

紬「でも私達以外に理解不能なメールだと、それが暗号だとバレるわ。万が一他の人が見ても、別の意味で通じるようにしないと」

律「…どゆこと?」

澪「なるほど。例えば「死体の防腐処理」は「ドラムのメンテナンス」に言い換える…こういう事だろムギ?」

紬「うん。そういう事。隠語に関しては、みんなで相談して決めましょう」

唯「うん、わかった。…さ、早く職員室に行こう。もたもたしてたら怪しまれるよ」

澪「そうだな、行こう。大丈夫。今のところ私達にぬかりはない」



406 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 02:51:48.48 ID:gXrQNFyw0
「今のところ」と言うあたりが、慎重な澪ちゃんらしかった。
澪ちゃんにとっては、自分の頭脳ですら、疑う対象なのだ。
それがかえって、私達は客観的だという事を感じさせ、安心できた。

事実、私達は先生達の梓ちゃんに関する質問を難なく切り抜ける事ができた。

その後何度か警察の人が話を聞きに来る事もあったが、私達は後輩の失踪を悲しむ女子高生を演じ続け、危機を感じる事もなかった。

そのまま一ヶ月が過ぎた。
睡眠不足は相変わらずで、みんな見る見る痩せていったが、周囲の目には、はあずにゃんを心配しているがため…と映っていたようだ。
このまま上手く行く…慎重な澪ちゃんですら、そう確信し始めていた10月のある日、最初の危機が訪れた。



413 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 03:07:01.38 ID:gXrQNFyw0
あずにゃんの不在を理由に文化祭ライブを辞退した私達は、部活を引退した。
元々軽音部を守るという目的で、私達は自首をしないと決めたが、結局ロクなバンド活動は合宿以来出来ていなかった。
それでも私達は、バンドを守るためという名目を掲げ、隠語を駆使してまで嘘をつき続けた。
目的のための手段が、手段のための目的にすりかわり、みんなそれに気づかないフリをした。
私達は自分自身と、守りたかった軽音部にまで嘘をついていた事になる。
それでも、もう後には引けなかった。
部活を引退してからは、下校後に4人のうち誰かの家を日替わりで、「ティータイム」をする事になっていた。
バンド名に冠された「ティータイム」という単語は、今や私達のどす黒い会合を表す隠語となっていた。

今日もこれと言った報告はないな…そう思いながら、私はその日、和ちゃんと下校していた。

唯「…」

私達は特に会話をするでもなく、歩きなれた下校ルートで家路についていた。

和「…気持ちはわかるけどさ、そろそろ元気出したら?」



417 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 03:13:15.26 ID:gXrQNFyw0
唯「うん…。そうだよね…」

私は後輩を失って悲しむ女の子の顔をして答えた。

和「…」

和ちゃんは答えない。

唯「…」

私もそのまま黙り込み、私達は互いの家への分かれ道に差し掛かった。
そこで和ちゃんが口を開いた。

和「唯、あ…あのさ…もし違ってたらごめんね?…あ、あの…」

唯「…?なあに和ちゃん?」

一呼吸置いてから、和ちゃんは恐る恐る私に尋ねた。

和「…本当は梓がどこにいるのか、知ってるんじゃないの…?」



430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 03:43:29.30 ID:gXrQNFyw0
私の脳細胞の全てが、和ちゃんの言葉の意味を分析し始めた。
和ちゃんは今、「本当は梓がどこにいるか、知ってるんじゃないの?」と言った。
「本当は」と言ったのだ。

和ちゃんは私が、あずにゃんの居場所を知ってて隠していると思っている。

私はすぐにでも澪ちゃんかムギちゃんに助けを求めたかった。
しかし、ここは私一人で乗り切らなきゃいけない。
沈黙するわけにもいかないので、私は和ちゃんに聞き返した。

唯「え?どういう事?」

和「…そのままの意味よ。私に何か隠してない?」

これまで、警察に似たような質問をされた事はあった。
だがそれは、「心当たりはない?」という程度のもので、今の和ちゃんほど直接的ではなかった。
ムギちゃん曰く、警察が私達を疑っていると私達に気づかれたら、私達が口を閉ざす可能性があるから…との事だ。
私達は警察に疑われている事を前提に会話内容を予め決めていたので、ボロを出す事はなかった。
それだけに、素人の和ちゃんの問いは、予測のしようがなく、警察のそれより遥かに恐ろしく感じられた。



431 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 03:53:06.34 ID:gXrQNFyw0
唯「何も隠してないよ…。何でそう思うの…?」

私は演技を続けながら、和ちゃんに探りを入れた。

和「…だってあなた達、自分の後輩なのに、全然梓を探そうとしないじゃない…」

和「私の知ってる唯は、こういう時、常識も何もかも放り出して梓を探す…そういう子よ」

和「…私には唯が、どうしてそんなに大人しくしていられるかわからないの…」

今まで、私はムギちゃんと澪ちゃんに指示された通りに動いてきた。
二人が今までの私から想定した、「能天気な平沢唯」を演じてきた。
だが、それは本来の平沢唯ではなかった。
それを想定した澪ちゃんっぽさ、ムギちゃんっぽさが、「能天気な平沢唯」から、水銀が滲む様に漏れ出ていたのだろう。
和ちゃんが「大人しい」と感じた原因はまさにこれだった。



433 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:02:54.48 ID:gXrQNFyw0
唯「そんな事ないよ…。今でも私はあずにゃんを心配してるよ…」

和「…唯…お願い…。本当の事を言って…」

唯「さっきから言ってるじゃん…」

和「…」

和「…変な事言ってごめんなさい。もう忘れて…?」

和ちゃんは引いたが、このままではうまくない事が、私の足りない頭でも容易に理解できた。
疑念を持たれたままでいいはずがない。何としても、和ちゃんを納得させなければいけない。

和「じゃあ、また明日学校でね。今度久々に二人で遊ぼう。あなたには気晴らしが必要だと思うから」

唯「うん…。わかったよ。じゃあね和ちゃん」

和ちゃんはそのまま振り返り、歩き去って行った。
私は和ちゃんの背中を、角を曲がって見えなくなるまで見つめていた。



439 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:12:31.59 ID:gXrQNFyw0
私は家に帰ると、すぐさま3人にメールを送った。

唯[和ちゃんが音楽に興味あるんだって]

存在するのかも定かでない、電話会社のデータバンクに注意を払いながら送信された文章の意味は、「和ちゃんが私達を疑っている」だった。

すぐに澪ちゃんからメールが返ってきた。
宛先にはりっちゃんとムギちゃんの名前もあった。

澪[みんな今すぐ私の家に来て]

私は制服を着替えずに、ばたばたと玄関に向かった。

この時、背後から憂の「お姉ちゃんどこに行くの?」と言う声が聞こえてきたが、私はそれを無視して家を飛び出した。
今は憂の事を考える余裕なんてなかった。



442 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:20:22.62 ID:gXrQNFyw0
私が澪ちゃんの部屋に入った時、既にりっちゃんもムギちゃんも揃っていた。
みんな一様に、ライブ前の澪ちゃんのように顔を強張らせていた。

紬「唯ちゃん、とりあえず何があったか説明してくれる?」

私は和ちゃんとの会話を、出来るだけ詳細に説明した。

唯「あの…私、あれで大丈夫だった?」

私は和ちゃんへの自分の対応に、自信がなかった。

澪「ああ。とりあえずは大丈夫だと思う。頑張ったな、唯」

そう言われて私は安堵した。

紬「でも、確実にまだ私達を疑っているわ」

澪「うん。今度遊ぼうって誘ってきたのも、そこから唯を探ろうとしてるんだと思う」



447 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:29:58.82 ID:gXrQNFyw0
律「どうすんだ?」

澪「…和の言葉から察するに、和は唯を疑っている事に罪悪感を感じているフシがあるな」

紬「そこをうまく利用しましょう」

相変わらず、「ティータイム」は澪ちゃんとムギちゃん主導で進んでいる。
かつてのティータイムは、私とりっちゃんが幅をきかせていた。
この事が、もうティータイムが全く別の「ティータイム」と入れ替わってしまっているのだと痛感させた。

和ちゃんの私に対する情につけ込むという提案も、もはや私達の良心を痛めるような事ではなかった。
私達に良心が残っていればの話だが。

唯「どうすればいいの?」



448 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:40:38.68 ID:gXrQNFyw0
澪「まず、唯が大人しく見えたってところから解決しないとな」

紬「うん。やっぱり私達が考えた言葉と行動だと、唯ちゃんらしさを出し切れないみたいね」

澪「そうだな。幹も葉っぱも私達が決めたんじゃ、どうしても私とムギの味みたいなのが出てしまう」

紬「…ここは唯ちゃんに対策を考えてもらいましょう。私達はそれに肉付けをする程度に留めるわ」

思いも寄らぬ二人の提案に、私は狼狽した。

唯「そんな…対策なんて私にはとても…」

紬「唯ちゃん。私達の考えた「唯ちゃん」だと、隙が無さ過ぎて不自然になっちゃうの。難しいかも知れないけど、考えてみて?」

澪「うん。和の事も、唯自身の事も、この中で一番良く知っているのは唯なんだ」

私は二人に促され、思考を巡らせた。
今まで和ちゃんと喧嘩をした事がないわけではない。その時どうやって仲直りしたか。
和ちゃんは私のどこが好きなのか。

私は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。



452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:48:36.49 ID:gXrQNFyw0
唯「私があずにゃんを探さなかった理由は…私があずにゃんと喧嘩したから…って事にすればいいと思う」

唯「私がいつまでも練習しないでだらけて…バカなままだから…あずにゃんは帰って来ない…」

唯「だから私は、もっとしっかりしなきゃと思って、冷静な行動をとるようにした…。いつあずにゃんが帰って来てもいいように」

唯「和ちゃんは、私のそういう所を気に入ってくれてるんだと思う…」

唯「これを和ちゃんにくっつきながら…泣きながら話せば…和ちゃんは信じるんじゃないかな…」

話し終えた私は、みんなの顔を見渡してから、最後に尋ねた。

唯「…こんな感じでどうかな?」



453 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 04:58:37.22 ID:gXrQNFyw0
ムギちゃんが感心したような顔で答えた。

紬「すごいわ唯ちゃん。それで完璧だと思う」

澪「うん。私達が肉付けするまでもないな。それで行こう」

律「唯ってさ、ほんと愛され上手だよな」

りっちゃんは褒めるつもりで言ったのだろうが、その言葉が私の胸に鋭い槍の一投のように深く突き刺さった。
あずにゃんに欲情し、死なせてしまい、嘘に嘘を重ねて来た私に愛される資格なんて無い…。

しかし、私が心の中で、「軽音部を守るため」と呪文のように唱えると、胸に刺さった槍はいとも簡単に抜けた。
私達の全員が、そうやって自分を誤魔化しながら、何とかここまでやってきた。

律「あ、そうだ。私もみんなに話しておきたい事がある」



456 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 05:04:06.05 ID:gXrQNFyw0
澪「珍しいな。何?」

律「えっと…ギターケースの事なんだけど…」

どうやらりっちゃんの話とは、あずにゃんの棺になったギターケース、又はその中身についてのようだ。

律「みんなはさ…あれからギターケース開けた事ある?」

あるわけがない。
私達は、ギターケースの重いチャックを閉じる時、自分達の罪をそこに押し込めたのだ。
それを好き好んで開けるわけがない。

澪「ないよ…。当たり前だろ…」

澪ちゃんは、「一体何を言い出すんだお前は」とでも言いたげに、りっちゃんの顔を見た。

唯「私もないよ…」

紬「私も…」



458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 05:13:16.38 ID:gXrQNFyw0
律「いや、実はさ…昨日ちょっと…変な匂いがしたから、まさかと思って…」

紬「…開けたの?」

律「…うん」

澪ちゃんが青ざめた顔をしながら、両手を口で覆った。
それを横目で見ながら、りっちゃんは話を続けた。

律「そしたら…まぁ…あー…く、腐っててさ…」

澪ちゃんは嘔吐するのを肩を震わせながら必死で堪え、涙ぐんでいた。

律「やっぱ素人の防腐処理じゃ、すぐダメになるんだよ…。だからみんなのももう一回処理し直したほうがいいと思う」



466 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 05:24:49.88 ID:gXrQNFyw0
紬「そう…。でも、もしかしたらりっちゃんのだけかも知れないよ…?」

律「う、うん。だからさ、今この部屋にあるやつも調べてみようぜ…」

やりたくなかった。
でもやらないと、後々取り返しのつかない事になるかもしれない。
やるしかないのだ。

律「澪、お前のはどこにあんの?このクローゼット?」

澪ちゃんは両手で口を押さえ、大粒の涙を流しながら、頷いた。

りっちゃんがそのクローゼットのドアを開けた。
が、そこにギターケースは見当たらない。

律「…あれ?無いよ…?」

澪ちゃんは同じ姿勢のまま、クローゼットのほうを指差した。

よく見ると、クローゼットの奥に、周りと同じ色のアクリル板で仕切りが施されていた。
りっちゃんがそのアクリル板を外すと、黒いギターケースが顔を覗かせた。

慎重な澪ちゃんらしい隠し方だった。



471 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 05:34:03.27 ID:gXrQNFyw0
りっちゃんがギターケースを取り出し、ごってりとしたチャックを外した。

ジィーッという音が部屋の全員を不快にした。

その中に4つ、茶色いしわしわのソレはあった。

かつてあずにゃんの左腕と左脚だったソレ。

澪ちゃんの部屋に、すえた臭いが充満する。

胃の奥からこみ上げてくるものを感じた。

紬「も、もういいわ…。わかったから仕舞いましょう…」

ムギちゃんは平時より明らかに白い顔をして、ソレから目を逸らした。

りっちゃんはギターケースを閉じて、クローゼットに押し込み、アクリル板を元の場所に戻した。



486 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 05:44:44.09 ID:gXrQNFyw0
まるで魔物の檻のように、澪ちゃんは厳重にギターケースを管理、隠匿していたため、これまで腐臭が外に漏れる事がなかったようだ。
恐らくムギちゃんのも、そして私のも、同様に防腐の限界を越えてしまっているのだろう。
私達は再度防腐処理をする事にした。
が、その日は全員精根尽き果てていたため、処理は翌日に持ち越された。
澪ちゃんは、あまりの恐怖からか、腰を抜かしてしまっていたので、りっちゃんがそのまま残って泊まる事になった。

私はムギちゃんと別れると、寄り道をせずに自宅へ向かった。

辺りはすっかり暗くなっていたが、私の家の玄関の照明はこうこうと点いていた。

憂が私のために点けてくれているのかな…と考えながら、私は家の門を開けた。


私は玄関のドアの前に立っていたその人を見た瞬間、息が止まった。



和「あ、唯。おかえり」



490 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 05:54:54.80 ID:gXrQNFyw0
唯「和ちゃん。どうしたの…?」

私は狼狽している事を気づかれないよう、精一杯の演技をしながら和ちゃんに話しかけた。

和「うん。さっき私、唯に酷い事言っちゃったし、ちょっと会って話したいなって思って…」

和「あがっていい?」

駄目だ。部屋に入れたくない。
でも断る理由がない。
混乱しきっている私の頭で、都合のいい言い訳なんて思いつくわけがない。

唯「うん。いいよ。…でも憂がいるでしょ?何で玄関の前なんかで…」

和「勝手に部屋にあがるのも悪いじゃない。それに、唯を待ってたかったから、ここでいいって憂に言ったの。そしたら電気つけてくれてね。相変わらず出来た子よね」

そう言って和ちゃんは笑った。
その笑顔が作り物には見えなかったが、私はこの幼馴染がまるで命を刈り取りに来た死神の様に思えた。



494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:02:33.74 ID:gXrQNFyw0
私と和ちゃんは私の部屋にあがると、どちらともなく話し始めた。
いつも通りの他愛ない会話。
その間も、私は全神経を以って、和ちゃんの一挙手一投足を観察していた。
こうして笑いあっている間も、和ちゃんは虎視眈々と私の隙を伺っているのだろうか。
いや、それは私のほうだ。嘘をつく人間というのは、他の人間も嘘をついている様に思えてしまうものだ。

しばらくして、会話の種は尽きた。

そこで私は意を決して、和ちゃんにさっきの話を切り出した。

唯「…何で和ちゃんは、あんな事言ったの?」

和「…ごめんなさい。唯の事が心配で…でも唯がわからなくなって…」

――あの作戦を実行するなら今しかない。



498 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:11:00.02 ID:gXrQNFyw0
唯「私ね…あずにゃんが帰ってこないのは、私がいつまでもバカでだらしないからだと思うんだ…」

和「そんな…自分で自分をバカなんて言うのは良くないわ…」

唯「…だからね…私はもっとお利口にならなきゃって思ったの」

唯「そうしたら…あ…あずにゃんも…帰ってきてくれる…って…」

私は目に涙を溜めながらゆっくりと、一つ一つの言葉を噛み締めるように話した。

和「唯…私…ごめんなさい…」

和ちゃんの声が震えているのがわかった。
私は和ちゃんに抱きついて、声を上げて泣いた。
その私を和ちゃんはきつく抱きしめた。

もう何が本当で何が嘘なのか自分でもわからなくなっていた。

でも、私の作戦が上手く行った事だけは事実だった。
私はそれで満足できた。



499 :眠い:2009/10/20(火) 06:18:11.46 ID:gXrQNFyw0
仲直りをした私達は、またいつもの様に談笑し始めた。
和ちゃんという障害を乗り越えたせいか、安心していた私は、勘ぐる事なく話す事ができた。



和「ていうか唯、部屋散らかりすぎじゃない?」

唯「でへへ…すいやせん…」

和「ほら、服も脱ぎっぱなしじゃない」

唯「大丈夫!明日それ着るから!…多分」

和「はぁ…。相変わらずね…。このカーディガン片付けとくわよ?」

和ちゃんはカーディガンを持って立ち上がり、クローゼットのドアに手をかけた。

私の身体中からべっとりとした汗が噴出すのがわかった。



504 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:26:55.36 ID:gXrQNFyw0
私が声を出す前に、和ちゃんはクローゼットを開けた。

私はあの日以来、ギターケースどころか、クローゼットも開けていない。
もしかしたら、りっちゃんのみたいに、腐臭がそこに充満しているかもしれない。

私は全てが終わるのを覚悟した。

和「…?あれ?唯ってギター二本持ってるの?」

和ちゃんはギターケースを見ると、私に尋ねた。

唯「う、うん。そっちは全然使ってないけどね」

鼻をつく臭いがした。やはり腐敗していたのだろうか?

和「そうなんだ。ふふ、唯もすっかりミュージシャンね」

和ちゃんはそう言うと、カーディガンをクローゼットのハンガーにかけ、ドアを閉めた。

あまりの緊張で、口の中が干乾びた様な気がした。
ああ、そうか。今の異臭は私の口の中からしたのだ。



509 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:36:53.25 ID:gXrQNFyw0
結局和ちゃんは、ギターケースの中身に気づく事なく、22時を回った辺りで、帰って行った。
和ちゃんは私の部屋にあったラベンダーのアロマオイルに興味を示し、後日同じものを一緒に買いに行く約束をした。


私はベッドに身を放り出すと、今日あった事を思い返した。

――このまま、4人の部屋で管理していて本当に大丈夫なのだろうか。

あの時私は、盲目的に澪ちゃんとムギちゃんに従ったが、私達は安心感を優先して、確実性を放棄していたのではないだろうか。

誰にもバレない場所を考えて、そこにまとめて置いたほうが確実なのではないか。

私の頭の中を、色々な考えが彷徨した。

その時、部屋のドアを、コンコンと2回ノックする音がした。

憂「お姉ちゃん、ご飯できたよー?」



511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:42:53.77 ID:gXrQNFyw0
唯「うーん…食欲ないからいらない…ごめんね」

澪ちゃんの部屋でアレを見てしまったのだ。
この期に及んで食欲があったら、もう私の精神は人間のそれではない。

憂「そう…。何か悩み事?」

憂が残念そうに答えた後、私に尋ねた。

唯「悩み事ってほどでもないんだけど…」

憂「うん…?」

私は逡巡した後、憂に尋ねてみた。

唯「大切なものをしまいたい時ってさー、憂ならどこにしまう?」

憂「大切なもの?」

唯「うん。友達と一緒に共有してるような」



513 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:48:57.41 ID:gXrQNFyw0
憂「それなら、友達といつも集まる場所かなぁ」

唯「集まる場所…」

憂「お姉ちゃんだったら、音楽室とか」

唯「音楽室…音楽室かぁ…」

音楽室?
あそこは駄目だ。
授業中は他の生徒も使うし、それこそ何がきっかけで見つかるかわからない。
私達だけが使うような場所じゃないと、隠し場所として不適切だ。

…私達だけが使う場所…?

何だ。
あるじゃないか。
音楽室に。

唯「そっか!ありがとう憂!」

憂「うん。よくわかんないけど…力になれたみたいで良かったよ」



515 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 06:56:01.52 ID:gXrQNFyw0
澪「食器棚の中?」

翌日、澪ちゃんの家で防腐処理を終えた後、私はみんなに昨日私が憂に貰ったヒントから出したアイディアを話してみた。
音楽室にある食器棚。
その下部にある大きな引き出しの中。
あそこなら私達以外は使わないし、カギをかけたとしても不自然じゃない。
少なくとも、卒業するまではあそこに保管するのが最も確実で安全だ。

紬「なるほど…確かにそうね。うん。いいと思う。」

律「え?でも私達もう引退したし…」

澪「いや、部自体は私達が卒業するまで残してもらえるんだろ?」

律「あぁ、そういやそうだったな。でも引退した私らが音楽室にいるのって不自然じゃない?」



520 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 07:08:49.66 ID:gXrQNFyw0
唯「そっかぁ…そうだよね…」

私が肩を落とすと、ムギちゃんが目を輝かせながら言った。

紬「ライブ…ライブよ!卒業ライブをするっていうのは!?」

澪「…卒業ライブをするから、音楽室を使わせてもらえるように頼むのか…。うん…いい!それいい!」

律「なーるほど。それなら音楽室にいても不自然じゃないな。おまけに放課後ティータイムも復活だ!」

満場一致の喝采の中、保管場所は決まった。
いや、それよりも私達は、バンドが復活出来るかもしれないという事に大きな希望を抱いた。
事態は殆ど好転していない。だがそれでも、あの日の朝に消えた希望が再び生まれた事を考えると、これは私達にとって前進だった。
閉塞しきった私達の精神を解き放つ、唯一の術をようやく見つけたのだ。

それに、いまや私達の前に障害はなかった。
警察も、さわちゃんも、和ちゃんも、私達は知恵を出し合う事で切り抜けてきた。
許されざる罪を犯した私達の、洋々たる前途を阻む人間は存在しなかった。

ただ一人、憂を除いては。

第4部 完



554 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 11:07:07.67 ID:7lKNjZ3gO
これはまとめに載る。もっかい言う。これはまとめに載る。



558 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 11:50:03.96 ID:gQhfyljOO
>>554
虚言あたりに載りそうだな




562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 12:14:06.39 ID:eMI4hl/FO
>>558
闇速だろ




574 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 13:15:50.55 ID:d7hbgkdgO
>>562
あそこはもう死んだろ




587 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:07:38.41 ID:gXrQNFyw0
クリスマスと言えど、住宅街に人通りは殆ど無かった。
恐らくもっと栄えた場所(例えば駅前とか)に繰り出すか、家の中でパーティーをする等して、思い思いのクリスマスを過ごしているのだろう。

唯「さむい…」

パジャマに上着に手袋。12月末の寒さに、私は無防備すぎた。
私は足早にコンビニへと向かった。

少し広い通りに出ると、ようやく街行く人々を見る事が出来た。

コンビニの灯りは、ツリーの電飾よりもぎらぎらしていて、私は夏の虫の様にその光に吸い寄せられていった。

店内に入ると、暖房のおかげで、先程までの刺す様な寒さは柔らいだ。
店員が売れ残ったクリスマスケーキの叩き売りをしている。飽食の国らしい光景だ。
ホールケーキが千円という破格の値段で売られていたが、憂の料理で満腹感を得ていたので、誘惑に負ける事なく、シャンプーを探す事にした。



590 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:16:33.13 ID:gXrQNFyw0
店内に人はまばらだった。
ドリンクコーナーで何か嬉しそうに喋っているカップル、漫画を立ち読みしている若い男の人。
後はサラリーマンらしき人が何人かいる。

商品棚には、憂に頼まれたシャンプーが置いてあった。

甘ったるそうなピンクのパッケージとは裏腹に、柑橘系のさっぱりした匂いのするシャンプー。
私はそれではなく、その横に置いてある白いパッケージに青い文字が書かれたシャンプーを手にとった。

唯「これでいいや…」

私はそれを持ってレジに向かった。

サンタクロースの格好をした店員が、シャンプーを受け取り、「493円になります」と言った。
私は「クリスマスイブは昨日なのに、サンタの格好をしてるのはおかしい」と思いながら、ポケットから憂の財布を取り出した。



592 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:22:35.58 ID:gXrQNFyw0
他人の財布というのは、使い慣れていないせいか、勝手がわからない。
手袋をはめていた事もあり、私は小銭を取り出すのにえらく手間取った。

私が財布をごそごそ探っていると、後ろに人の列が出来ていった。

早くしなきゃ。

私が焦りながら小銭を取り出そうとすると、手元から財布は落ち、中身がレジ前にぶちまけられた。

唯「あっ…す、すいません…」

サンタの格好をした男の店員が、「大丈夫ですか?」と尋ねてくる。

唯「大丈夫です、すいません…」

私は床に散らばったレシートを急いでポケットに突っ込み、カード類を財布にしまって、会計を済ませた。



595 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:31:55.74 ID:gXrQNFyw0
さっきのカップルがじろじろと私を見ている。

その恥ずかしさから、私はシャンプーの入った袋を右手に携えながら、さっさと店から出る事にした。

店員「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

全く有難そうに聞こえない店員の言葉に、軽く会釈をしてから自動ドアへ向かった。

ドアが開くと、外は相変わらずの寒さだった。

私はサンダルをぺたぺた鳴らしながら、憂が待つ家へと急いだ。

ふと、民家の庭先にあるクリスマスツリーの電飾に私は目を奪われた。
ちかちか光るそれを眺めながら、私は思いを馳せた。

結局、憂はどこまで気づいていたんだろう。

私は憂を疑い始めた時の事を、改めて考えてみる事にした。



600 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:41:32.72 ID:gXrQNFyw0
卒業ライブを建前に音楽室を使わせてもらえる事になった私達は、早速あずにゃんを食器棚の下部に移した。
カギを取り付け、これで誰かに開けられる心配もない。

私の頭の中では相変わらず、ノコギリの骨を削る音が響いていて、あずにゃんに対する罪悪感も消えたわけではなかった。

それでも、「バンドを復活させる」という目標が、私達を都合よく正当化させてくれた。

音楽室で卒業ライブに向けて私達は練習を再開した。
澪ちゃんもムギちゃんも、進路は二の次にして、練習に精を出した。

私達が青春を取り戻し始め、練習を終えた後に、澪ちゃんがりっちゃんをたしなめた。

澪「律?ドラムに勢いがなくない?ジョン・ボーナムが目標とは思えないんだけど…。また風邪か?」



602 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:46:25.18 ID:gXrQNFyw0
りっちゃんは少し黙ってから口を開いた。

律「…あの事でちょっと話しておきたい事があるんだけど」

あの事とは間違いなくあずにゃんの事だ。
今更何があるのだろうと訝りながら、私はりっちゃんの言葉を待った。

律「話していい?」

澪「いいよ。私も丁度それについて話したい事があったし」

紬「うん。私も言わなきゃいけない事があるの」

何だろう。
私には話すべき事などなかったが、みんなは違ったようだ。

練習後の「ティータイム」が始まった。



603 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:51:43.81 ID:gXrQNFyw0
律「実はさ、昨日憂ちゃんがウチに来たんだ。梓の事を聞きに」

思いがけない名前がりっちゃんの口から飛び出した。

澪「え?私の家にも来たぞ…?私もそれを話そうと思ってたんだけど…」

紬「わ…私の家にも来たわ…」

憂からそんな話は聞いていない。
だが、そう言えば昨日は珍しく憂の帰りが遅かったような気がする。

律「マジかよ。て事は私達全員の家を回ったって事か?」

澪「…これは、あまり良くなさそうだな」

紬「もしかして、梓ちゃんの事で私達を疑っているのかしら?」



606 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 14:58:06.31 ID:gXrQNFyw0
律「でも、昨日はそんなに突っ込んだ事は聞かれなかったぜ?梓を心配してるだけに見えたし。演技かも知れないけどさ」

澪「私達全員の家を回るのは明らかにおかしい。憂ちゃんはきっと何か感付いたんだ」

紬「迂闊だったね…。和ちゃんが唯ちゃんの様子がおかしいって気づいたんだもの。憂ちゃんがそう思ったっておかしくないわ」

暫しの沈黙が訪れた後、澪ちゃんが話し始めた。

澪「どうする?早めに手を打たないとまずいかもしれない」

律「て言っても梓はあそこなんだし…」

そう言いながらりっちゃんは食器棚のほうに視線を向けた。

律「確かに憂ちゃんに怪しまれてるかも知れないけど、バレる事はないんじゃないの?」



609 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:05:31.75 ID:gXrQNFyw0
紬「駄目よ。疑われている以上、早めに何とかしないと、何がきっかけでバレるかわからないわ」

澪「うん。危険の種は芽吹く前に取り除くべきだ。用心するに越した事はないんだから」

律「…わかった。で、どうすんの?」

紬「全員の家を回るっていう行動に出たくらいだし、憂ちゃんの疑念はほぼ確信に近いのかも…」

澪「そうだな。憂ちゃんは去年のライブの時に唯に変装してくるような子だ。行動力は人一倍ある。…もっと早くから警戒しておくべきだった」

紬「唯ちゃん。家の中での憂ちゃんの様子はどう?」

唯「うーん…特にいつもと変わった感じはしなかったけど…」



611 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:11:53.04 ID:gXrQNFyw0
律「まぁ、あの子はボロを出さないだろうな…」

澪「うん…。どうしたものか…」

紬「…」

重い沈黙。

いつの間にか、私は拳をぎゅっと握っていた。
手のひらは汗でぐっしょりしている。
嫌な予感がした。
憂はかなりのところまで気づいている。
その憂への対処に、今みんなが何を考えているのか想像した私は恐ろしくなった。

私の心中を察したのか、ムギちゃんが私の肩に手を置いて優しく言った。

紬「大丈夫よ唯ちゃん。憂ちゃんを手にかけたりなんてしないから」



613 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:21:32.19 ID:gXrQNFyw0
澪「うん。それは絶対駄目だ。そんな事をしたら、もう隠し切れない」

律「梓一人でもこれだからな…。さすがにそれはないわな」

唯「う、うん…。良かった…」

澪「それに、仮に憂ちゃんが全部知っていたとしても、口封じの方法はいくらでも…」

そこで澪ちゃんは言葉を濁らせた。
みんな、澪ちゃんが何を言わんとしているか理解していた。

私達は4人で、憂は一人。
おまけに私達は殺人者だ。

最悪、4人で憂を脅す事もできる。

良心の呵責はあったはずだが、それは少し浮かんだだけで、すぐに無意識の澱の中へ沈んでいった。
私達は、来るところまで来てしまったのだ。



616 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:31:29.63 ID:gXrQNFyw0
澪「でも、まずは憂ちゃんがどこまで知っているか、確かめておく必要があるな。それと、何から私達を疑い始めたかも考えないと」

紬「うん。…和ちゃんの時みたいに、唯ちゃんの泣き落としは憂ちゃんには効かなさそうね」

澪「憂ちゃんは既に確信めいたものを持っている。和は疑念の域を出ていなかったから何とかなっただけだ」

唯「…私にはあれ以上の策なんて思いつかないよ…」

紬「ここは様子見するしかなさそうね…」

澪「うん。多分憂ちゃんは、今後また何か行動を起こすはずだ。それまでみんなでじっくり策を考えておこう」

律「そうだね。わかった」

唯「わかったよ」

澪「…今は私達に出来る精一杯の事をやろう」

澪ちゃんのその言葉がシメとなり、その日私達は解散した。



618 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:40:15.10 ID:gXrQNFyw0
しかし、それから憂が目立った行動を起こす事はなかった。
アテが外れた澪ちゃんとムギちゃんも、それには頭を悩ませていた。
りっちゃんは、

律「私達一人一人に話を聞いて疑いは晴れたんじゃないの?」

と言っていたが、澪ちゃんとムギちゃんの警戒が解かれる事はなかった。

私は憂すらも疑いの対象になってしまった事で、家にいても全く落ち着くことができなくなっていた。

一向に動きを見せない憂に、私達は神経をすり減らしていった。

そのまま何事もなく時は流れていった。


――それは私がいつもの様に、鳴り止まないノコギリの音に耐えながら、ベッドの上で目を閉じた時の事だった。



622 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:46:24.55 ID:gXrQNFyw0
私の頭の中で、ギコギコというノコギリの音が鳴り続けている。

私は必死にそれに耐えて目を閉じた。
今までは何とかそれで眠りにつく事ができた。

しかしその日は、ノコギリの音がどんどん大きくなっていき、恐れをなした睡魔も退散していった。

ギコギコギコギコ

どんどん大きくなるノコギリの音。

ギコギコギコギコ

それはまるで管弦楽団の奏でる壮大なオーケストラの様に、私の鼓膜を揺らしている。

ギコギコギコギコ

唯「嫌…やめて…お願い…」

私は懇願した。



627 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 15:52:12.61 ID:gXrQNFyw0
ギコギコギコギコ

いつもよりいっそう大きく、現実感を伴ってノコギリの音は聞こえてくる。

唯「やめて…やめて…!」


恐怖が臨界に達した私は、とうとう音に抗う事を諦めた。

音に身を委ね、同化する事で、このどうにもならない恐怖から逃れる事にした。

唯「ギコギコギコギコ」

私は鳴り響く音に合わせて、歌でも歌うように声を出した。

唯「ギコギコギコギコ」

私の声とノコギリの音は重なり、そのユニゾンが恐怖をやわらげた。
私は繰り返し、声を出し続けた。

唯「ギコギコギコギコギコ」



637 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:00:19.85 ID:gXrQNFyw0
私は一晩中、声を出し続けた。

朝になり、制服に着替え、部屋を出て、階段を降りた。
段の一つ一つを、踏み外さないようにゆっくりと。
私はとっくに道を踏み外していたが。

憂「あ、お姉ちゃんおはよう」

唯「おはよう」

憂「ご飯食べる?」

唯「いらない…」

憂「そう…。あんまりムリしないでね?」

私は憂の労いの言葉に答えず、通学バッグを肩にかけて玄関へ向かった。

唯「憂、私先に行くね」

靴を履きながらそう言うと、憂が答えた。

憂「あ…うん。でもその前に…あの…お姉ちゃん、ちょっといい?」



644 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:08:20.46 ID:gXrQNFyw0
警戒しながら、私は振り向いて、憂に尋ねた。

唯「何?」

憂「今年のクリスマス、どうする?」

クリスマス?
あぁ、そう言えばもうそんな時期か。

憂「あのね、最近お姉ちゃんも軽音部のみなさんも元気ないから…」

私はじっと憂を見つめたまま話を聞いていた。

憂「準備とか全部私がするから、ウチでパーティーしよう?私、落ち込んでるお姉ちゃんなんて見ていられないよ…」

私はその提案の意味を考えた。
ついに憂は行動を始めたのだろうか?
一睡もしていない、私のぼやけた頭の中を泳ぐ鈍った思考では、とても理解できそうにない。
私はみんなに相談してから決める事にした。

唯「うん。考えておくね。ありがとう。行って来ます」



646 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:15:43.97 ID:gXrQNFyw0
放課後、私はみんなに今朝の事を話した。

唯「どう思う…?」

澪「わからない。…けど、憂ちゃんが動き出した可能性は高いな」

紬「うん。でも…今の段階では憂ちゃんの意図は読めないね…」

律「…断るか?クリスマスの話」

しばらく目を閉じて考えてから、澪ちゃんが答えた。

澪「いや、行こう。憂ちゃんの出方を見る最後のチャンスかもしれない」

紬「ここを乗り切れば、もう全て終わりよ。頭を抱えながら過ごす事もなくなるわ。大丈夫…私達なら…」

律「…わかった。これで最後だ。頑張ろうぜ」

唯「うん」



652 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:25:15.37 ID:gXrQNFyw0
私達は、クリスマスパーティーに向けて、作戦を練った。

当日はメールで相談しながら憂を探る。
私は憂とみんなを気遣うフリをする。

結局これだけの作戦だったが、憂の真意が全く読めない以上、その場で臨機応変に対応するしかなかった。

私とりっちゃんはボロを出さないよう、あまり大胆には動かない事にした。


クリスマス当日まで、私は毎晩、あのノコギリの音に合わせて声をあげていた。
精神はとっくに限界を越えていたが、私はなんとか人間らしさを失わずにいる事ができた。

何度も「ティータイム」を繰り返し、打ち合わせをして、とうとう私達は12月25日を迎えた。



654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:32:25.36 ID:gXrQNFyw0
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・

他人の家の庭先にあるクリスマスツリーを眺めていた私は、はぁっ息を吐いた。
先程と同じように拡散する吐息を目で追って、私は曇天を見上げた。

結局、今日は憂の考えがわからなかった。

明日も「ティータイム」は開かれるだろう。そこで今後について、また話し合わなければいけない。

唯「あ、そうだ…」

私はポケットからケータイを取り出した。
澪ちゃんとムギちゃんの、80件以上に及ぶ、メールでの話し合いを削除しなくては。
私はそれらを消す前に、二人のメールを読んでみる事にした。



656 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:38:15.61 ID:gXrQNFyw0
ムギちゃん
澪ちゃん
ムギちゃん
澪ちゃん
ムギちゃん

メール一覧に、交互に二人の名前が並んでいた。

私は最初からそれらを読み返した。

メールの文章は、「音楽」「ギター」「新曲」「ライブ」といった音楽用語で構成されていた。
何も知らない人には、音楽が好きな女子高生二人が、熱心に語り合っているだけのメールに見えるだろう。
だが私には、それがどれほど残酷な文章であるかが、容易にわかった。

全く、二人の頭の回転の速さには恐れ入る。

私はメールを読み進めた。



659 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:42:37.46 ID:gXrQNFyw0
どうやら、二人も憂には攻めあぐねていたらしく、メールの内容はどうどう巡りだった。

澪ちゃん
ムギちゃん
澪ちゃん
ムギちゃん

私はメールを読み進める。

30件目あたりまで読み進めたあたりで、画面をスクロールさせるためにケータイのキーを押していた、私の指が止まった。
画面に表示されたその文字を、私は凝視した。

ムギちゃん
澪ちゃん
ムギちゃん
澪ちゃん
ムギちゃん




676 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 16:50:32.66 ID:gXrQNFyw0
ケータイを持つ手が震えた。

憂は、パーティーの最中に私にメールをしていたのだ。

私達は、憂の挙動に細心の注意を払っていた。
だが、憂がメールを打つ様子などなかった。

憂はこっそりとメールを打ったのだ。
私達のように。
こたつの中で。

なぜ憂はそんな事を?

決まっている。
憂は私達の動きに気づいていたのだ。

膝ががくがくと震え始める。
憂からのメールを開く事なく、私はケータイを閉じた。

落ち着かなきゃ。落ち着かなきゃ。
私は咄嗟に、さっきコンビニで落としてポケットにしまったレシートを取り出した。
その無感情な文字を読んで、私は気持ちを落ち着かせる事にした。



693 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:02:07.24 ID:gXrQNFyw0
くしゃくしゃに丸められたレシートは4枚。
レシートを財布の中にしまっていたのは、几帳面な憂らしかった。

1枚目。
書店のレシートだ。漫画本を2冊買ったようだ。計720円。今度私にも読ませてもらおう。

2枚目。
スーパーのレシート。スピリタスウォッカ96%500ml。計1490円。恐らくお酒だろう。料理にでも使ったのだろうか。

3枚目。
コンビニ。薬用シャンプー。493円。あのシャンプーだ。これは私が捨てた。

4枚目。
ホームセンター。鋸(八寸目)。1710円。

私は右手に持っていたコンビニの袋をどさっとコンクリートの地面に落とした。

何で憂はこんなものを買ったのだろう。

全身ががたがたと震えた。私の頭の中で様々な記憶が交錯する。



704 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:10:04.59 ID:gXrQNFyw0
私は寒空の下、落とした袋も拾わずに、憂の待つ自宅へ駆けていった。
もう冬の寒さなど感じなかった。それよりも遥かに底冷えのする不気味な…圧倒的な寒さが、私の内側からじわじわと全身に広がっていった。

家に着き、照明が点いたままの玄関を通る。

私は廊下を進み、恐る恐る浴室の気配を探った。
どうやら憂はまだお風呂に浸かっているらしい。

私は台所に向かった。
流し台には、下げられた食器が乱雑に置かれている。

流し台の下の、鍋やフライパンを入れるスペース…その戸には憂が愛用しているキッチンミトンがかけられている。



713 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:16:38.10 ID:gXrQNFyw0
私はごくりと唾を飲んだ。
いや、口の中は乾ききっていたので、唾など口内にはない。
私は喉を鳴らしただけだった。

私は憂のキッチンミトンを戸から除け、ゆっくりと引いた。


あった。

それはそこにあった。

刃が磨り減ったノコギリ。

私は全身の力が抜けていくのを感じた。
手も足も腰も背中も、骨格を持たない軟体動物のようになり、私はぺたんとその場に座り込んでしまった。

目を大きく見開き、口をだらしなく半開きにした私は、今日起こった事、今まで起こった事の全てを理解していた。



721 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:24:01.98 ID:gXrQNFyw0
食卓に並んだ料理。
風呂場の髪の毛。
私を悩ませた深夜のノコギリ音。

馬鹿な。憂はあずにゃんの居場所を知らない。
あれは音楽室の食器棚に保管したはずだ。

いや、違う。
音楽室に置く事を提案したのは、他でもない、憂だ。

もはや、この常軌を逸した現実を否定する言い訳が、私には思い浮かばなかった。

恐らく憂は、私の部屋の掃除でもしようと思ったのだ。
その時にクローゼットを開けた憂は、見慣れないギターケースを見つけた。
不審に思った憂は、その無骨なチャックに手かけた。
そしてあずにゃんを見つけたのだ。



734 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:31:33.95 ID:gXrQNFyw0
その時憂は、私達が結託してそれを隠しているのだと気づいた。

和ちゃんがクローゼットを開けた時、腐臭はしなかった。
恐らくあれは、憂がアルコール度の高い酒を使って、簡易消毒をしていたからだ。

私達は隠し場所に困っていた。そこで憂は音楽室を勧めた。

そして憂は全員の家を訪ねた。私達がグルである事の確証を得るために。

いや、しかし、ギターケースの中身は、あの時既に音楽室の食器棚の中だ。
憂がみんなの目を盗んで部屋の中を物色しても、あれが見つかる事はない。

にも関わらず、憂は私達が一蓮托生の誓いを立てた事を確信した。

なぜ?

そうだ。私達の部屋には、ギターケースの中身以外にも、共有している物がある。

ラベンダーのアロマオイルが。



737 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:40:18.55 ID:gXrQNFyw0
消臭用のそれだと気づいた憂は、私達がグルである事を確信した。

音楽室の食器棚。
あそこに隠すのも、私達が高校を卒業するまでの間だ。
その後の事は考えていなかった。ライブが私達を盲目にさせた。

だから憂は、最も確実な隠し場所を考えた。

そして私達をクリスマスパーティーに誘った。

音楽室の食器棚のカギを壊し、あずにゃんを取り出した憂は、それをこの家へ持ち帰った。

ここ最近、私を苦しめていたノコギリの音。
あれは幻聴ではなかった。

憂は風呂場で、夜な夜なクリスマスの準備をしていたのだ。

私がさっき風呂場で見た髪の毛は、私と憂のではない。お母さんやお父さんのものでもなかったのだ。



743 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:47:19.66 ID:gXrQNFyw0
そして今日、食卓にソレは並べられた。

憂はソレを私達が全て平らげたのを確認すると、こたつの中で私にメールを送ったのだ。


私は風呂場の音に耳を澄ませた。
シャワーの流れる音がする。
今、憂は念入りに、晩餐の後片付けをしているのだ。

私の手は、骨も筋肉も失ったようだった。
それでも私は、なんとかポケットからケータイを取り出し、澪ちゃんとムギちゃんの名前に挟まれた、憂のメールを開いた。

そこには、こう書かれていた。



憂[お姉ちゃん、もう大丈夫だよ]

第5部 完



761 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 17:52:55.61 ID:gXrQNFyw0
エピローグ

私は、親友の唯に会うべく受付を済ませると、無機質な部屋に案内され、そこに置かれたパイプ椅子に腰掛けた。

程なくして、分厚いガラスの向こう側に唯が現れた。
食事が全く喉を通らないのだろう。
目は大きく窪み、頬骨は突き出し、丸かった顎も今では尖っている。

和「…唯、久しぶり」

横におかれたマイクを通して、私は唯に月並みな言葉をかけた。

唯「…」

唯は何も答えずに、椅子に座った。
怯えた猫のような目で、唯は私を見つめた。



777 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:05:22.80 ID:gXrQNFyw0
12月27日、唯達軽音部は自首した。
梓を殺害したと自供したのだ。

報道がほとんど無かった事から察するに、社会的な影響を考慮して、事件の内容は殆ど伏せられたのだろう。
私も詳しい話は聞けなかったが、それほど凄惨な事を彼女達は梓にしたのだという事は容易にわかった。

自首をする前日、私は唯に呼び出され、梓を殺したと告白された。
唯はただ、

唯「私はあずにゃんを殺した。だから自首する」

としか言わなかったので、今までどうやって事実を隠していたのかは、私にはわからなかったし、私もそれを問いただす事はしなかった。

出頭する直前、唯は私に言った。

唯「私は人間でいたい…。でももうその資格はない…。このままだと、私はもっとおかしくなる…」

心身共に衰弱しきった唯達は、これから暗く閉ざされる自分の将来や世間体よりも、自分達自身を恐れているようだった。
そのために彼女達は、自分達自身を、まるでギターケースの様に閉ざされた世界に閉じ込める事にしたように私には思えた。



782 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:09:48.74 ID:gXrQNFyw0
和「これ、差し入れよ」

私は言葉を発しない唯に、綺麗に包装された、菓子の入った箱を見せた。

唯「…」

唯は何も答えなかった。
菓子の箱に目を向ける事もなく、唯はじっと私を見据えている。

和「…じゃあ、今日はもう帰るね。また来るから」

私は席を立ち、菓子の箱を持ってその無機質な部屋を出た。



798 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:20:12.18 ID:gXrQNFyw0
外に出ると、2月の澄んだ空気と共に、意地悪く寒さを運ぶ風が吹いた。

私は身体を震わせ、バス亭のベンチに座り、イヤホンを耳にはめると、志望大学の赤本を開いた。

唯の衰弱ぶりは明らかに異常だった。
このまま何も食べなければ、私が高校を卒業する前に、もう二度と彼女に会う事はできなくなるだろう。
恐らく律も澪も紬も、同じ状態なのだろう。それが彼女達の選択だった。
平穏無事な世界で生きる私には、彼女達の心が理解できない。
その私に、彼女達の選択を咎める事はできなかった。生きていればこそ…などと甘ったれた事は言えなかった。

しばらくして、市営のバスが到着した。
私はそれに乗り込み、イヤホンから流れる音楽に耳を傾ける一方で、気持ちを落ち着かせるために、赤本の数式を解く事に意識を集中させた。






803 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:21:56.44 ID:IQRPzP6N0
乙!

面白かった




808 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:22:56.16 ID:gXrQNFyw0
これで終わりです。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

もうマジキチ系はしんどいので、今後はほのぼのギャグでスレ立てする事にするわw

保守&支援サンクス



811 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:23:23.81 ID:oRFf8zYyO
>>1乙
良い作品だった




818 :補足:2009/10/20(火) 18:26:17.38 ID:gXrQNFyw0
あ、ちなみに憂は捕まってません。
唯達は自分達が食ったとだけ供述しました。

では



830 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:33:34.71 ID:uOnP0z/vO
久々に良いマジキチスレだった…

>>1乙!




835 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/20(火) 18:37:48.43 ID:jE1ib9DY0
>>1乙
おもしろかった



次回作に期待





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[ 2009/10/22 21:00 ] けいおん!SS | TB(0) | CM(9) | このエントリーを含むはてなブックマーク


ぎこぎこ時間

久々の更新だな、飽きたのかと思った
スレ内でも言われててワロタw
[ 2009/10/22 22:46 ] [ 編集 ]


読み応えがあった楽しめた
[ 2009/10/22 23:44 ] [ 編集 ]


闇速は生きていたか
[ 2009/10/23 00:50 ] [ 編集 ]


ネタで「闇速だろ」ってレスしたのに・・・
また戯言とかぶってるしやめちゃえば?
[ 2009/10/23 01:16 ] [ 編集 ]


この手のSSではよく声をあげて驚いてしまう自分がいるんだが…
今回も声をあげてしまった。この発想はどっから出てくるんだよ…
[ 2009/10/24 23:07 ] [ 編集 ]


面白かった
[ 2010/05/27 18:18 ] [ 編集 ]


腐ってたお肉食べさせちゃう憂ちゃん鬼畜
[ 2010/06/25 15:16 ] [ 編集 ]


憂の大丈夫メールで何故か涙出た。
[ 2010/06/27 03:26 ] [ 編集 ]


これはもう本格推理小説のプロットレベルだな。
[ 2011/01/06 18:16 ] [ 編集 ]
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yamisoku

Author:yamisoku
けいおん系SSばっかりです。


ひさびさに左上更新してみましたw


とはいえ特に書く事もありませんが(笑)


このブログも開設から1年以上経過するんですね…


とりあえず「けいおん!!」のアニメが終わるまでは頑張って更新し続けたいと思います
2010年7月24日


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